2006年08月22日 更新

2006年 第88回全国高校野球選手権大会

早実初V!斎藤、決勝再試合も完投!球史に残る948球

早実のエース斎藤

最後は渾身のガッツポーズ。7試合を投げ抜き、灼熱の聖地で合計948球の力投を見せた早実のエース斎藤。甲子園にまた新たな伝説が生まれた

最後の打者は田中

運命のいたずらか、駒大苫小牧の最後の打者はエースの田中。斎藤は144キロのストレートで空振り三振に仕留め、激闘に終止符が打たれた=撮影・倉掛優一

(第88回全国高校野球選手権大会、第16日、決勝、駒大苫小牧3−4早実、21日、甲子園)球史に残る真夏の激闘に、ついにピリオドが打たれた。37年ぶり2度目の決勝再試合となった早実(西東京)と駒大苫小牧(南北海道)との決戦は、早実が4−3で創部102年目にして悲願の初優勝を飾った。4連投の斎藤佑樹投手(3年)は6安打3失点、無四球13奪三振で完投勝利。クールな都会派エースは甲子園で驚異的とも言える計948球を投げ込み、新たな歴史の扉をこじ開けた。

斎藤

人呼んでハンカチ王子。これまで汗をふいた青いタオルハンカチで感激の涙をぬぐう斎藤

灼熱の激闘はついにラストシーンを迎えた。2日間合わせて5時間33分に及んだ感動のフィナーレ。その中心に斎藤がいた。最後はともに投げ合った駒大苫小牧・田中から144キロの速球で空振り三振を奪い、センターに振り返って渾身のガッツポーズ。駒大苫小牧の3連覇の夢を打ち砕き、初の頂点に登りつめた。

「王先輩も荒木先輩もできなかった夏の優勝を成し遂げられたことが一番うれしい。人生で一番幸せな日です」

校歌を歌い終え、大応援団が陣取る三塁側アルプススタンドへ走り出した瞬間、クールなエースの頬を感動の涙がつたって、落ちた。

37年ぶり2度目の決勝再試合。「高校では初めて」という4連投も関係ない。2−0の六回に浴びたソロを含めて2発を浴びたものの、6安打3失点で完投。4日間で計553球を投げ抜いた。

1回戦(鶴崎工)で完投こそ逃したが、7試合で69イニング、207のすべてのアウトを一人で奪った。その球数の合計は実に948球。奪三振は1大会で歴代単独2位の通算78個になった。

強じんな肉体の陰には家族の支えがあった。群馬・太田市出身の斎藤は都内で大学生の兄・聡仁さん(21)と二人暮らし。夢はかなわなかったが、やはり群馬・桐生高で甲子園を目指していた聡仁さんは、上京後、飲食店でアルバイトをして腕を磨いては毎日ボリュームのある食事、最近では得意メニューの「豚キムチ丼」を食卓に並べた。「弟の体を作るため、甲子園で活躍ができるように手料理をたくさん食べさせました」。兄は優勝をわがことのように喜んだ。

“クール”と言われる都会っ子。しかし、この日の朝には、4連投で体力が心配された自分をよそに、母のしづ子さんにメールで「お母さんの体調は大丈夫?」と逆に体を気遣っていたという。「メールには早く(試合を)決めるからね、ともあったんです」としづ子さん。前日20日、178球の力投に「明日も頑張ってなんて言えない」と涙した母は、スタンドから自慢の息子に手を振った。

1901年創立。ソフトバンク・王貞治監督(66)をはじめ、西武・荒木大輔投手コーチ(42)ら多数のプロ選手を輩出している伝統校だが、これまでは準優勝が最高だった。57年にセンバツを制した王監督も達成できなかった夏制覇。偉大な先輩を超えた斎藤は「今は群馬の実家に帰ってゆっくり休みたいです」と言って笑った。

気になる進路については「これから考えます」と斎藤。早大進学が有力視されているが、人気と実力を兼ね備えた逸材に周囲は熱い視線を送り始めている。人気低迷が叫ばれる野球界にあって、まさに新たに生まれた新世紀のアイドル。死闘。端正なマスク。そして青いタオルハンカチ。日本列島を騒がせたクールなエースの夏は、最高のエンディングで幕を閉じた。

(吉村大佑)

■斎藤佑樹(さいとう・ゆうき)という男

生まれ 1988(昭和63)年6月6日、群馬県太田市生まれ。18歳
  ★球歴 小1から「生品リトルチャンピオンズ」で野球を始め、投手一筋。生品中では3年時に関東大会8強。早実では1年夏からベンチ入りし、2年夏からエース。右投げ右打ち
  ★サイズ 1メートル76、70キロ
  ★家族 両親と兄、祖母
  ★球種 直球(MAX149キロ)、カーブ、スライダー、フォーク
  ★好きなプロ野球選手 ロッテ・黒木
  ★ニックネーム さいちゃん
  ★勉強 好きな教科は現代文、苦手な教科は古典。中学時代の平均評定は4.4(5段階)
  ★趣味 料理。得意メニューは野菜いため、チャーハン

★その時

三塁側アルプススタンドでは斎藤の父・寿孝さん(57)と母・しづ子さん(46)、さらに都内で斎藤と二人暮らしを送る大学生の兄・聡仁さん(21)も駆けつけ、最後まで声援を送り続けた。

この日の朝、斎藤本人と電話で話し「落ち着いて頑張ってやるよ」と元気な声を聞いた寿孝さんは「ウチの息子はすごいでしょう。甲子園という舞台が(斎藤)佑樹に安定した投球をさせてくれたのだと思います。わが息子ながら感心します」と、優勝の記念メダルをかけた斎藤を、誇らしげに見つめていた。

◆脇村春夫・日本高野連会長

「球史にさんぜんと輝く決勝を戦い抜いた両校の健闘をたたえたい。最後はわずかに早実の打力が上回った。早実は西東京大会決勝の劇的な勝利を励みに、甲子園で大きく成長した」