2006年08月17日 更新

2006年 第88回全国高校野球選手権大会

早実、日本一見えた!斎藤が連続完投&ダメ押し弾!

斎藤

エース・斎藤が六回に池本からソロアーチ。バットでもチームを引っ張った

(第88回全国高校野球選手権大会、第11日、3回戦、福井商1−7早実、16日、甲子園)優勝が見えた!! 早実(西東京)が7−1で福井商(福井)に逆転勝ちし、荒木大輔(現西武投手コーチ)を擁した82年以来となる24年ぶりの8強進出を果たした。斎藤佑樹投手(3年)は1失点で完投。六回にはダメ押しの本塁打も放った。帝京(東東京)とともに11年ぶりの「東西東京両代表のベスト8入り」を果たした早実は、4強をかけて18日に日大山形(山形)と対戦する。

『紺碧の空』が、神宮球場ではなく甲子園にこだまする。早実ナインが春夏連続、そして24年ぶりの夏8強入りに喜びを爆発させた。

「早実の歴史に名前を残せることができたと思います。本塁打はアルプス(スタンド)がどよめいていたので、入ったとわかりました。甲子園という舞台が自分の能力を引き出してくれました」。お立ち台には、1回戦・鶴崎工戦以来となるエース・斎藤。投打にわたる活躍で、チームを勝利に導いた。

試合の流れをグッと引き寄せたのは、1点ビハインドで迎えた六回だ。一死二塁から4番・後藤貴司主将(3年)の右越え適時三塁打で同点に追いつくと、続く船橋悠外野手(3年)が右中間席に2試合連発の2ランを放って勝ち越し。チームメートの勢いに乗せられた斎藤が、ここで2者連続となるアーチを中堅左にたたき込んだ。

好調打線は八回にも3点を追加。大量援護に守られた斎藤は10安打を許しながら要所を締め、最後まで投げきった。純白のユニホームで奮闘する本格派右腕。その姿は24年前の8強時のエース・荒木大輔と重なる。

実は、群馬県太田市出身の斎藤が早実を選んだ理由の1つに、荒木の存在があった。母・しづ子さん(46)が荒木の大ファン。小学生のころから古い雑誌を息子に見せては「文武両道で立派に活躍した荒木選手を目標にするといいわよ」と“洗脳”していたのだ。そうするうちに斎藤はいつしか『WASEDA』のユニホームにあこがれを持つようになった。

長い時を経てつながった2人のスーパーエース。早実史上初の夏制覇も現実味を帯びてきた。頂点に向けて、まず準々決勝の相手は日大山形。「(試合のある18日は)中1日空くので万全の態勢で臨めます。最後は王さんも達成できなかった夏の優勝を達成したい」。早実の命運は、力強く言い切った背番号「1」に託された。

(吉村大佑)

◆斎藤の投球について早実・和泉監督

「調子はよくなかったが、悪いなりに要所を締めていた」


◆エース・斎藤についてボールを受けた早実・白川

「調子が悪かった。投げ急いでいた。甘く入ったボールを打たれた」

■斎藤佑樹(さいとう・ゆうき)

1988(昭和63)年6月6日、群馬県生まれ、18歳。小学1年で野球を始め、生品中では投手として3年時に関東大会ベスト8。早実では1年夏から背番号18でベンチ入り。2年夏からエースとなった。MAX149キロの直球と鋭く落ちるフォークが武器。1メートル76、70キロ。右投げ右打ち。家族は両親と兄、祖父母。

★その時

早実の応援団が陣取る一塁側アルプス席にはエース・斎藤の両親と、東京・小平市内で斎藤と2人暮らしをしている大学生の兄、聡仁さん(21)が応援に駆けつけた。母・しづ子さん(46)は「(斎藤は)少し力が入っていたかな。試合終了のコールが鳴るまでは、舞い上がれませんでした」といいながら、8強入りを喜んでいた。

★船橋が2戦連発

好調な打線がエース・斎藤を援護した。0−1の六回一死、3番・桧垣からの4連打で一挙4点。5番・船橋は2回戦(対大阪桐蔭)の3ランに続き、2戦連発となる右中間への勝ち越し2ランだ。「打った瞬間にいったなと思いました。本塁打を打つ瞬間に父のことを考えました」。単身赴任先のタイで入院中の父・伸哉さんに贈る一打となった。

★王監督「頼もしい後輩たちです」

早実OBのソフトバンク・王監督は入院先の慶応病院の病室のテレビで母校の逆転勝利を見届け、コメントを出した。「斎藤投手は登板するたびに安定したピッチングをしており、見事というほかありません。打つ方も、戦前は予想もしなかった長打が出たり、球際に強いバッティングができていますね。1試合1試合、戦うごとによくなってきており、頼もしい後輩たちです」。食事は五分がゆで、高栄養素の点滴を継続。歩行訓練も行って、後輩の頑張りに負けないようリハビリに励んだ。

■データBox

(1)早実の準々決勝進出は82年以来24年ぶり。前回は荒木(元ヤクルト)らを擁して8強に進出したが、準々決勝で畠山(元横浜)、水野(元巨人)らの池田(徳島)に敗れた。前々年(80年)には準優勝しており、夏は25年と並ぶ同校の最高位になっている。
  (2)西東京の早実、東東京の帝京がともにベスト8に進出。東西東京の代表がともに8強入りしたのは87年(東=帝京ベスト4、西=東亜学園ベスト4)、95年(東=帝京優勝、西=創価ベスト8)に次いで3度目。

★悔いなし池本

好投を続けていた福井商・池本が、六回につかまった。一死二塁で適時三塁打を浴び「ストレート。厳しいコースを攻めたのに、あれを打たれて動揺してしまった」。直後に連続本塁打を浴び、4点を失った。それでも「(センバツ準優勝の)清峰にも勝てたし、悔いはない。胸を張って帰りたい」と笑顔で話した。