2007年09月30日 更新
華はなくても花は咲く!ヒルマン申し子・田中賢が決めた!

“ヒルマン・チルドレン”が優勝を導いた。七回には田中賢が適時三塁打を放ち、「おれたちが一番」ポーズでスライディング(撮影・原田史郎)
(パ・リーグ、ロッテ1−9日本ハム、23回戦、日本ハム11勝10敗2分、29日、千葉)ヒルマン野球の申し子、田中賢介内野手(26)が3安打2打点の活躍。小笠原、新庄の抜けたチームを引っ張った。
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ビールかけが始まった。降り注ぐ歓喜の雨が心地いい。少し酒臭い戦闘服に包まれ、田中賢は連覇の重みを実感していた。
「一気に決めたいという気持ちでした。何を打ったか覚えていないくらい興奮した。こういう試合で(3安打を)打てる自分が好き」。手に残る感触を改めて確認した。
七回だ。森本の犠飛で2点目をあげた直後の二死一塁。ライトフェンス直撃のタイムリー三塁打を放ち、一気に優勝モード。一回の右中間二塁打、九回も右前適時打と猛打賞でメモリアルゲームを彩った。
チームはリーグ最少「513得点」での優勝達成。それだけではない。安打(1218)、本塁打(73)、打点(485)、四球(324)といずれもリーグワースト。だからこそパ・リーグ新記録を更新中で、プロ野球記録の67に迫る田中賢の「56犠打」が光る。
苦しいシーズンだった。開幕から2番を任されていたがスランプに陥った。8月8日の楽天戦(札幌ドーム)では8番降格を味わった。
「空回りが続きましたが8番を経験して、2番で小さくなっていた自分を見つけることもできました。でも、2人の先輩(新庄氏、小笠原)に成長したところを見てもらえますかね」
あらゆる経験を吸収し、成長したヒルマン野球の申し子。日本シリーズ進出に向けて、チルドレンの勢いは増す。
(山下千穂)
■田中賢介(たなか・けんすけ)
1981(昭和56)年5月20日、福岡県生まれ、26歳。東福岡高から00年ドラフト2位で日本ハム入団。昨季から二塁手のレギュラーに定着。リーグ最多の34犠打を記録し、ベストナイン、ゴールデングラブ賞にも輝いた。今季も56犠打はリーグトップ。今季成績は141試合に出場、打率.251、3本塁打、30打点。通算成績は482試合に出場、打率.256、16本塁打、116打点(29日現在)。1メートル76、76キロ。右投げ左打ち。独身。年俸4500万円。背番号3。

★引退田中幸、有終の美
今季限りで引退する田中幸が、ヒルマン監督の次に胴上げされた=写真。「気持ちよかった。昨年も胴上げされましたけど、うれしいですね」と感慨深げ。今季は2000安打達成に、最後はリーグ優勝。見事に有終の美を飾ったが「クライマックスシリーズもあるし、できるだけ最後の試合まで野球ができればいい」と現役生活のラストスパートを誓った。

さあ、待っていました!! のビールかけ。森本(中央)にナインが美酒を浴びせた。まさに「頭皮に染みこむ、このうまさ」って感じで…(撮影・今野顕)
★新庄の後継者・森本燃えた!
背番号「1」は今季もファンの声援に応えた。新庄の後継者の森本が七回に2点目の左犠飛、九回には中前へバスターエンドランを成功させ、2位のロッテに引導を渡した。「新庄さん、小笠原さんが抜け、周囲から『大丈夫か』という声もあったけど、全員野球でやれることを証明できた」と胸を張った。
★連続K締め!マイケル胴上げ投手
マイケル中村が胴上げ投手に輝いた。8点リードの九回に武田久から通算100度目の継投。2安打を許したものの大松、ズレータを2者連続三振に仕留め、何度もガッツポーズを作った。「胴上げ投手は何度しても、いいものだね」と笑みを浮かべた守護神。米大リーグ経験もあるが「こんなにいいチームでプレーしたことはない」と声を弾ませた。
★金子誠「暴れるぞ!」…歓喜の祝勝会
千葉市内のホテルの特設会場で祝勝会が開かれた。選手会長・金子誠の「きょうは暴れるぞ!!」という歓喜の一声でビールかけが始まった。ビール瓶を両手に持った稲葉が「苦しいシーズンでした」と笑顔で振り返りながら、優勝をかみしめていた。喜びに沸く選手らの手によって、開始約20分で用意されたシャンパン60本、ビール1500本が空になった。
■データBox
日本ハムが2年連続のリーグ優勝を決めた。
〔1〕リーグ連覇は99−00年のダイエー(現ソフトバンク)以来7年ぶりだが、日本ハムでは前身時代を含め史上初。
〔2〕ヒルマン監督は2度目のリーグ優勝。外国人監督のリーグ優勝は、ほかに74年中日の与那嶺要監督、05年ロッテのバレンタイン監督がいるが、2度は初めて。
〔3〕今季のチーム本塁打数は73本で、このまま2ケタで終わりそう。優勝チームの本塁打数が100本未満だったのは91年の広島(88本)以来で、パ・リーグでは62年、日本ハムの前身の東映(85本)以来となる。
■日本ハム球団史
1946年にセネタースの名でスタート。翌47年に東急フライヤーズに。48年は急映、49年は東急に戻った。54年から東映となり、本拠地が駒沢、後楽園などと移り変わった。水原監督時代の62年に土橋、尾崎、張本らの活躍でリーグ初制覇し、阪神との日本シリーズを制した。
73年の1年間だけだった日拓ホームを買収したのが日本ハム。愛称は現在のファイターズに変わった。前後期制だった81年、大沢監督の下、抑えの江夏、強打者ソレイタらが活躍し、ロッテとのプレーオフを制してリーグ優勝。2004年に本拠地を東京ドームから札幌ドームに移し、昨年は25年ぶりのリーグ制覇、44年ぶりの日本一を手にした。オーナーは大社啓二氏。
■クライマックスシリーズ
パ・リーグが優勝決定方式として2004年から始めたプレーオフ制を受け、今季からセ、パ両リーグで導入された。リーグ優勝球団はレギュラーシーズン1位のため、このシリーズは日本シリーズへの出場権を争う新システムとして実施される。レギュラーシーズンの上位3球団が参加し、最初に2、3位が第1ステージ(3試合制)で対戦。その勝者と1位が第2ステージ(5試合制)を戦う。2つのステージとも引き分けがあり、勝利数が同じ場合は上位チームが勝者となる。すべて上位球団の本拠地で開催される。








◆九回の中前タイムリーなど2安打でリーグトップの打率を.355にあげ、優勝の瞬間は目に涙を浮かべた日本ハム・稲葉
「いい場面で打てた。九回はうちらしい野球ができました。優勝も決まったし、首位打者を獲りたい」