高速タックル炸裂! 無敵の吉田「アテネV伝説」

 2人の「初代女王」が誕生だ! アテネ五輪から正式種目となったレスリング女子で、55キロ級の吉田沙保里(21)が堂々の金メダル。対外国人74連勝と伸ばし、まさに無敵の戴冠となった。日本勢は出場4階級でメダルを獲得した。これで日本の金メダル獲得は15個に。東京五輪(最多)の「16」にあと1つと迫った。〔写真左:栄コーチを肩車する吉田。感激は倍増だ=撮影・尾崎修二。同下:やった! 勝利の瞬間、吉田は喜びを全身で表現した=撮影・尾崎修二



 右拳を突き上げた。やった、獲った。金メダルだ! 世界に誇るタックル娘が、ついに「初代女王」の座を奪いとった。


 「金メダル確実といわれてプレッシャーがあったけど、自分に負けなかったのが勝因。五輪の金メダルだけが家になかったので、これでそろいました」

 試合後には日の丸を広げた栄和人コーチ(44)を肩車して異例の場内一周。「(コーチを背負うのは)いままで見たことなかったからやりました」とちゃめっ気も。最後は歓声渦巻くマットの中心で、歓喜のバック宙をクルリ。さらに大きな拍手を誘った。

 前人未到の記録で世界の頂点に駆け上がった。この日の栄冠で、13歳から出場する国際大会の連続優勝は17、外国人相手の対戦は「74連勝」にまで伸ばした。02年以降公式戦無敗の「吉田伝説」が、神話の国、ギリシャでも光り輝いた。

 カミソリタックルを武器に、22日の1次リーグは2試合ともテクニカルフォール勝ち。この日の準決勝は、世界選手権で4度優勝のゴミズ(フランス)に終盤までリードを許したが、逆転の判定勝ち。決勝戦でバービーク(カナダ)を倒したのも、やはりタックルだった。

 開始14秒、片足タックルからバックにまわりポイントを奪うと勢いに乗った。72キロ級準決勝で金メダルの本命といわれた浜口が敗れ、48キロ級決勝では伊調千が判定負け。全階級で金メダルを狙っていた日本勢にとって、緊迫感漂う中、必殺タックルを連発して重圧を吹き飛ばした。

 五輪の金メダル獲得より難しいといわれた国内代表争い。強固な守りのライバル、山本聖子を強烈なアタックで退けアテネ行きのキップを手に入れた。破った山本のためにも、吉田には金メダルがほしかった。

 表彰式で高々と掲げられる日の丸を見上げる吉田の脳裏に、辛く苦しかった思い出がよぎる。3歳から始まった父・栄勝さん(52)のスパルタ練習は、高校を卒業するまで正月以外休みなしという厳しさ。中3のとき、全国大会直前に左手首を骨折。誰もが出場辞退を考えたとき、父は平然と言い放った。「この子は右腕だけで勝てる。病院でギプスを外してもらってこい」。埋め込んだボルトが手首から飛び出したため、テーピングで隠してマットに立ち、優勝を遂げた。ボルトの後が残る左腕を見れば、どんな苦しいことも乗り越えられた。

 吉田は「次は北京で金メダルを獲ります。国際試合無敗でいきます」と力強く宣言。父に、仲間に、そして自分自身に誓った金メダルを胸に、思いはすでに4年後へ。アテネの金は通過点に過ぎない。前人未到の連勝街道の先に、北京の表彰台が待っている。

牧慈


 吉田沙保里(よしだ・さおり) 1982年(昭和57)10月5日、三重・一志町生まれ。21歳。元全日本チャンピオンの父、栄勝氏の指導で3歳からレスリングを始め、久居高から中京女大。02年釜山アジア大会優勝。世界選手権、全日本選手権をそれぞれ2連覇した。1メートル56、56キロ。


VTR
 第1ピリオド36秒で相手右足へのタックルからバックを奪い1ポイントを先取。さらに2分10秒にタックルで1ポイントを追加。第2ピリオドに入ってもタックルがさえわたり、3分10秒、4分25秒と立て続けに片足タックルからバックを奪って1ポイントを獲得。5分30秒、さらに終了5秒前にもタックルでバービークを倒して、それぞれ1ポイント。相手につけ入るスキを与えない完勝だった。


★そのとき★

 スタンドから応援を続けた吉田の父・栄勝さん(52)、母・幸代さん(49)は、感極まった表情で娘の晴れ姿を見守った。幸代さんは勝利の瞬間、手にしていたうちわで顔をあおぎながら号泣。栄勝さんは「最後まで攻めた者が勝つ。前を見なさいと伝えていた。五輪は家族みんなの夢でした。おめでとう、よかったねと声をかけたい」と声を震わせた。

データBOX
レスリング女子が2階級で金メダルを獲得し、今大会における日本の通算金メダル数が15個に到達。歴代最多だった64年東京大会にあと1と迫った。有望種目の野球などを含む残り6日間に記録更新をかける。

23日の第11日終了時点における銀メダル(9個)と銅メダル(8個)を含めた全メダル数も32個となり、史上最多だった84年ロサンゼルス大会の32個(金10、銀8、銅14)に並んだ。野球が24日の準決勝に勝てば銀以上を確定して更新される。



中京女大レスリング部
 女子レスリングの"虎の穴"と化したのが、愛知・大府市の中京女子大学レスリング部。アテネ五輪へ48キロ級の伊調千春、55キロ級の吉田沙保里、63キロ級の伊調馨を送り出した。さらに、出場権を逃した坂本日登美、真喜子姉妹も所属する。同部の栄和人監督(43)は88年ソウル五輪、レスリング男子フリースタイル62キロ級の代表。指導に打ち込むあまり、借金してまで選手寮の新築一軒家を購入し、妻子とも離別した熱血漢だ。今大会は日本チームのコーチで帯同、ベンチからアドバイスを送る。


女子レスリング

 フランスを中心に70年代後半から広まり、85年に日本の女子選手が初めて大会に出場した。全日本女子プロレスとの提携などで強化し、87年に全日本選手権がスタート。世界選手権は同年の第1回大会から15年連続で参加し、V6の浦野弥生、V5の吉村祥子、V3の山本美憂ら多くの世界王者を輩出した。02年の国際オリンピック委員会(IOC)理事会で、アテネ五輪からの採用が決定。男子グレコローマン、フリースタイル各8階級を各7階級に削減し、フリーのみの女子7階級のうち48、55、63、72キロ級の実施に至った。


ルール

 試合時間は3分2ピリオド。相手の両肩をマットにつける(フォール)ことで勝負を決める。打撃技、絞め技、関節技は反則。相手のバックを取り四つんばいにして動きを制すれば1点、フォールに近い体勢にすれば2点など、技に応じて得点が定められている。10点差以上つけるとテクニカルフォール勝ちとなる。試合時間内に計3点をとらないと勝者にはなれず、3分間の延長戦となる。なお両者3点に達せず同点の場合は、パッシブ(守勢時に課せられるペナルティー)の数が決め手となる


★男子は

 五輪で金20銀14銅10のメダルを獲得している。初めて選手を派遣した24年パリ大会で、フリー・フェザー級の内藤克俊が銅メダル。その後、51年から83年まで日本協会会長を務めた八田一郎氏のスパルタ指導法『八田イズム』で黄金期を築いた。

 52年ヘルシンキ大会で石井庄八が戦後初となる金メダルを獲得。金5個を量産した64年東京大会を筆頭に、中・軽量級を中心に隆盛を誇った。ただし、近年は苦戦。不参加の80年モスクワ大会を除いて12大会連続でメダル獲得中だが、金は88年ソウル大会が最後だ。

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