三宅父娘、2代メダルへの二人三脚

三宅宏実 父娘2代のメダル獲得を目指す重量挙げ女子48キロ級代表の三宅宏実(18)=法大=に吉報が届いた。このほど父でコーチの義行氏(58)がセコンドとして帯同することが決定した。競技を始めてわずか3年でつかんだ五輪切符。良質のDNAを受け継ぐ娘と、その実力を開花させたメキシコ五輪銅メダリストの父が、二人三脚でアテネに挑む。〔写真:三宅宏実のスナッチ。父譲りの力感だ


 最大の懸案事項だった。

 三宅は代表決定以来、父・義行氏のスタッフ入りを熱望していた。音大出の母に幼いころからピアノを習い、中学時代は軟式テニスに夢中だった18歳が、驚異のハイスピードで手にした五輪切符。夢を形にしてくれたのは父だった。

 「私のことをすべて知っている。ずっと一緒にやってきたし、父がいないと私は戦えない」

 思いは届いた。協会側が要請していた派遣スタッフの増員をJOC(日本オリンピック委員会)が認め、義行氏がコーチとしてアテネに帯同することが決まったのだ。

 より重いバーベルを挙げた者が勝者となり、同じ重量の場合は体重が軽い方が上位になる重量挙げ。競技自体は単純だが、奥は深い。三宅がそれを痛感したのが、代表選考会となった5月7日の全日本選手権だった。

 トータル180キロでライバルの松宮と並んだが、体重は三宅が240グラム軽かった。「他の選手のこれまでの体重を調べたんです。47・5キロまで落とせば大丈夫だと思った」。試合当日の三宅の体重は47・46キロ。父が計算ずくで勝利の女神を振り向かせてくれた。

 53キロ級だった三宅を48キロ級に転向させたのも父だった。より世界に近づくための決断。その父がこれまで通りセコンドについてくれる。これほど心強い援軍はいない。

 父がメキシコで手にした銅メダルを三宅は見たことがない。「一度は触ってみたい」と言う娘に、父は「メダルは見せてもらうものじゃなく手にいれるもの」と言う。東京、メキシコで金メダルを獲得した伯父の三宅義信氏はトライアスロンの監督としてアテネに乗り込む。三宅一族の新たな挑戦が始まる。
臼杵孝志


三宅 宏実(みやけ・ひろみ)
1985(昭和60)年11月18日、埼玉・新座市出身の18歳。中3で競技を始め、埼玉栄高に進む。世界選手権は02年9位、03年11位。全日本選手権は02年3位、03年優勝(すべて53キロ級)。今年4月から父、伯父の母校・法大に進学した。1メートル46。


アテネ五輪重量挙げ日本代表
階級 氏名 所属 年齢
男子
56キロ級 山田雅春 群馬綜合ガードシステム 24
62キロ級 今村俊雄 高野建設 24
105キロ超級 岩崎宇信 植松住設 28
女子
48キロ級 三宅宏実 法大 18

五輪日本史
 重量挙げは1912年ストックホルム大会まで体操競技の1種目として実施。日本では37年に日本重量挙げ連盟(46年にウエイトリフティング協会と改称)を創設し、全日本体操連盟から独立した。五輪は52年ヘルシンキ大会に初参加し、60年ローマ大会で三宅義信が銀メダルを獲得。三宅は64年東京、68年メキシコで2大会連続金メダルの偉業を達成した。これまで日本は金2、銀2、銅8を獲得したが、84年ロサンゼルス大会を最後にメダルから遠ざかっている。

★世界の勢力

 シドニー五輪から正式種目となった女子は、7階級中6階級で世界ランクのトップに立つ中国勢が圧倒的に強い。三宅が出場する48キロ級も中国選手がトータル207・5キロでトップ。三宅は53キロ級で出場した4月のアジア選手権で自己ベストのトータル190キロをマークして4位になったが、これは48キロ級では世界ランク3位に相当する。男子も中国勢が8階級中3階級で世界ランク1位に立ち、東欧勢、トルコも伝統的に強い。開催国のギリシャもシドニー五輪では金メダル2個を獲得している。

ルール
 男子8階級、女子7階級で実施。エントリーは1カ国につき男女それぞれ4階級まで。男女とも試技はスナッチ(引き挙げ)、ジャーク(差し挙げ)それぞれ3回ずつで、持ち上げた合計重量で順位を決める。合計重量が同じ場合は体重が軽い選手が上位になる。申告したバーベルの重さは途中で減らすことはできない

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