世界一の力持ちは“イランの武蔵丸”レザザデ
オレが世界一の力持ちだ! 重量挙げは最も重いクラスの男子105キロ超級を行い、ホセイン・レザザデ(26)=イラン=がトータル472・5キロの世界タイ記録で、シドニー五輪に続き2連覇を果たした。レザザデはジャークで263・5キロの世界新をマークした。将来トータル500キロ超えも狙う怪力男の時代は、当分揺るぎそうにない。岩崎宇信(29)=植松住設=はトータル385キロで12位だった。〔写真左:重力に逆らって世界タイ記録で優勝。将来、500キロ超えを狙う=撮影・奈須稔。同下:“神の力”。敬虔なイスラム教徒のレザザデ。床に額をつけ、感謝=共同〕
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高々とバーベルを差し上げながら、レザザデが絶叫する。ジャークの3回目。重力に逆らって、世界新となる263・5キロを持ち上げた。バーベルを下ろし歓声に応えると、床に額をつけた。「一生懸命練習した。アラーの神が、手助けの力をくれた」。敬虔(けいけん)なイスラム教徒の優勝の言葉は、シドニー五輪の時と同じだった。
2位となったスチェルバティスでさえ、戦う以前から脱帽状態だった。「現実的に彼に勝とうなんて考えもしなかった。少なくとも、今はだれにも(レザザデを)超えるチャンスはない」。それほど、力の差ははっきりしていた。最初の試技から成功するたびに、ニッコリ笑ってイランの応援団の大声援に応える余裕。
スナッチで210キロをマークし、ジャークの1回目で250キロを挙げた時点で勝利はほぼ確定。一人旅となったレザザデにとって、世界新が照準。そして、2連覇に花を添えた。
母国では、出身地の国立銀行の支店が「レザザデ支店」と改名されるほどの英雄。160キロの巨体に似合わない柔和な笑顔と、「趣味は料理」。文字どおり、気は優しくて力持ち。それが人気を押し上げている。
今大会もドーピング(薬物使用)スキャンダルに見舞われた重量挙げだが、世界一の力持ちは「わが宗教はドーピングを禁じている。そして重量挙げは古代から続くスポーツだ」。原始的、シンプルだからこそ、人間の根源に迫るこの競技。「体の調子がよければ、(トータル)500キロも挙げてみたい」。怪力男の夢は、すぐそこにある。
| ホセイン・レザザデ 1978年5月12日、イラン・アルダビール生まれ。26歳。00年シドニー五輪金メダル。スナッチ、ジャーク、トータルとすべての世界記録保持者。02、03年世界選手権優勝。1メートル85、160キロ。 |
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★レザザデとソックリの元横綱
武蔵丸親方は昨年の九州場所限りで引退し、武蔵川部屋付きの武蔵丸親方として若手を指導中。秋場所(9月12日初日、両国国技館)後の10月2日には、国技館で断髪式が行われる。
スナッチとジャーク スナッチは一回の動作で両腕の伸びきる位置までバーベルを一気に持ち上げる種目。ジャークは両腕でバーベルをいったん肩の位置まで持ち上げ(クリーン)、そこから足の反動を利用し、両腕の伸びきる位置までバーベルを一気に引きあげる(ジャーク)。スナッチ、ジャークともに3回の試技を行い、それぞれの最高重量のトータルで順位が決まる。 |
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★岩崎は「楽しくできた」12位
トータル385キロの12位。成績は不本意だった岩崎だが、「怒られるかもしれないけど、今までで一番楽しく試合ができた」と淡々とした表情。「今回はジャーク225キロを挙げにきた」。自己の日本記録を塗り替える重さに挑戦した2、3回目ともその重量を失敗。「とにかく重かった」と唇をかんだ。五輪前はアテネでの引退を決意していたが、「後から追い上げてくる選手が出てくるまでやらないといけない気もする」と、胸中は悩ましい。
| 重量挙げの歴史 |
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| 古代ギリシャで石を持ち上げて力比べをしたことが、重量挙げの起源と言われている。五輪では1896年アテネ大会で行われ、体操競技の1種目として実施され、階級分けも無かった。種目は片手ジャーク、両手ジャークの2種目。単独正式種目となったのは1920年アントワープ大会。片手スナッチを加えた3種目となり、階級もフェザー、ライト、ミドル、ライトヘビー、ヘビー級の5階級となった。現在はスナッチ、ジャークの合計で争われる。男子は8階級、女子はシドニー大会から正式種目となり7階級で行われる。 |
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