「金で恩返ししたい」岡本依子

 国内統括団体の分裂騒動で、一時は五輪代表選手派遣の危機に陥ったテコンドー(8月26日〜29日)。二転三転の末、女子57キロ級に出場が決まった岡本依子(32)=ルネスかなざわ=にメダル獲得の期待がかかる。00年シドニー五輪銅メダリストが、わずか4年で天国と地獄を味わった。大阪生まれの“ド根性娘”が、アテネの地で辛抱を重ねたウップンを晴らす。

 統括団体、日本オリンピック委員会、そして世論まで巻き込んだ「テコンドー騒動」。あれから2カ月半、岡本はすっかり涙をぬぐいさった。5月19日に国際オリンピック委員会の承認を受け、晴れて「五輪代表」の称号を手にして、「たくさんの人に支えてもらった。それを力に金メダルで恩返ししたい」。

 シドニー大会・女子57キロ級で銅メダルを獲得。人生最大の幸福を味わった瞬間が、実は“地獄”の入り口だった。翌01年3月に「日本テコンドー連盟」が分裂。03年6月までに2つの統括団体が設立された。「全日本テコンドー協会」と「日本テコンドー連合」が会談を繰り返し、04年1月にアテネ五輪アジア予選代表選考会を実施したが、そこに67キロ級は存在しなかった。岡本は10キロもの減量に歯を食いしばり、57キロ級の予選代表を勝ち取った。さらに1カ月後のアジア予選へ向け今度は10キロ増量。出場権を獲得した姿は、まさに“平成のおしん”だった。

 最終的に個人資格での出場が決まるまで、何度も“絶望”の文字がよぎった。だが、苦労を重ねたつかんだ代表の座にこそ価値がある。あきらめなかった浪花娘の根性は、アテネでもきっとパワーになる。

★五輪日本史

 1981年1月に「日本テコンドー協会」が発足し、国内にテコンドーが本格普及。同年9月に第1回全日本選手権が開催され、翌82年の第5回世界選手権へ初めて日本選手団を送り込んだ。テコンドーが五輪正式種目となったのは、前回の00年シドニー大会。男女各1人ずつが出場、男子58キロ級の樋口清輝が1回戦敗退、女子67キロ級の岡本依子が銅メダルに輝いた。

★世界の勢力

★アテネ五輪・テコンドー日本代表
氏 名 所 属 年齢
▼女子67キロ級
岡本 依子 ルネスかなざわ 32
 競技人口が最も多い韓国が最強国。昨年9月の世界選手権(ドイツ)では女子8階級のうち6階級で韓国勢が優勝。五輪では階級が4つしかなく、岡本が出場枠を得た67キロ超級には世界選手権の重量級3階級から選手が集結する。韓国は2月の国内選考会でシドニー五輪67キロ級覇者の李仙煕(韓国)らを破ったソウル体高3年の黄キョウジャが代表になった。中国には72キロ級世界女王の呂微がいるほか、クロアチア、フランス、スペイン、ギリシャなども強国だ。

★ルール

 現在の北朝鮮出身の崔泓熈(1918〜2002)が創始者。朝鮮古来の武術テッキョンと日本の空手を研究して完成させ、55年にテコンドーと命名。「テ」は蹴るなどの足技、「コン」は突くなどの手技、「ドー」は礼に始まり礼に終わる精神を表す。競技は3分(女子2分)3ラウンド制で「一本勝ち」、「技有り勝ち」、ポイントによる「優勢勝ち」がある。頭部にヘルメットと胴部にプロテクターを着用して戦い、足(くるぶしより下)または拳(人差指と中指)が相手の頭部または胴部に当たれば有効。“足のボクシング”ともいわれる。


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