【テコンドー】シドニー銅・岡本が涙の訴え「アテネ行かせて」

岡本依子 アテネ出場へ涙の訴えだ。国内団体の分裂でアテネ五輪出場が危ぶまれているテコンドー女子のシドニー五輪銅メダリスト・岡本依子(32)=ルネスかなざわ=が30日、遠征先のスペインから一時帰国し、涙ながらに五輪出場を懇願した。アテネ行きの条件は、全日本テコンドー協会(衛藤征士郎会長)と日本テコンドー連合(森喬伸会長)の統一。タイムリミットは31日までとなっている。〔写真:笑いたいのに涙があふれる…。岡本の悲痛な願いはテコンドー関係者に届くのか(撮影・牧慈)

 涙がポロポロあふれてくる。この手でアテネ五輪出場枠を獲ってきたのに…。自分とは関係のない事情でその道が閉ざされようとしている。岡本の声が震えた。

 「今は泣いちゃいけないんです。うちはテコンドー好きやから、笑っていたい。テコンドーをやったら泣かなきゃいけないんや、と思われたら困るんです…」

 シドニーの銅メダリストが、自身の手が届かないところで選手生命をもてあそばれているのだ。02年7月のW杯(東京)で67キロ級銀メダルを獲るなど実力は健在だが、昨年12月のアテネ五輪世界予選に行かせてもらえなかった。最後のアジア予選の代表を決める国内予選(1月)では57キロ級出場を義務づけられ、体重を10キロ以上も減量して優勝。2月のアジア予選(バンコク)67キロ超級2位で五輪出場枠をもぎ取った。

 だが、JOCは31日までに分裂している全日本協会と日本連合が統一しなければ、アテネへの選手派遣を認めない方針。岡本の両親はまな娘の派遣を求め、大阪を中心に9万4762人の熱い署名を集めた。父・浩さん(62)はこの日も連合の森会長との面談を求め、都内へ足を運んだ。

 「難しい状況やな、というのが正直な感想。でも、アテネに行かなきゃいかんと思ってます。世の中のためにも、がんばってる人が報われなきゃいかんです」

 26日には、河村建夫文科相が「分裂と派遣は切り離して考えるべき」と発言し、JOC・竹田恒和会長も岡本に個人資格を与えて派遣する可能性を示唆するなど、いちるの望みに期待をつなぐ。大逆転はあるのか。リミットは、待ったなしでやってくる

牧慈

岡本 依子(おかもと・よりこ) 1971年(昭和46)9月6日、大阪・大東市生まれ、32歳。ジャッキー・チェンにあこがれ、12歳から空手を始め、大阪・四天王寺高時代に正道会館入門。早大3年時に米オレゴン大に留学、テコンドーを始める。96年アジア選手権2位、98年アジア大会3位。00年シドニー五輪女子67キロ級銅メダル。今年2月のアテネ五輪アジア予選2位で出場枠を獲得した。1メートル70。

★分裂のいきさつと経緯★
◆シドニー前も 国内4団体が99年までに「日本テコンドー連盟」(88年JOC準加盟)に統合。五輪には男女各1選手を派遣し、岡本が銅メダル獲得
◆アジア大会派遣できず 01年3月、W杯東京誘致など運営方針の対立から内部対立が起き、森喬伸会長派と円山和則理事長派に分裂。JOCは02年10月の釜山アジア大会への選手派遣を認めず。同年12月、森派は「日本テコンドー連合」を設立。連盟は03年6月に「全日本テコンドー協会」を設立
◆五輪ピンチ 2団体並立の異常事態に、03年9月にJOCは準加盟資格を取り消し。10月末までに団体を一本化しない場合はアテネ五輪派遣を見送ると通達。10月には期限を今年3月末までに延期した
◆最終期限迫る 3月18日に連合が、協会への非難会見。翌19日に協会は岡本派遣を求める請願書をJOCに提出。岡本両親は大阪で署名運動を開始した

★日本テコンドー連合は

 31日のリミットを目前に控え、「重要なことなので、簡単にはお話できない」とピリピリムード。森喬伸会長は昨年中に5度にわたって協会の衛藤征士郎会長と直接トップ会談をするなど統一に向けての話し合いを続けてきた。31日も協会側との話し合いに応じる予定だ。

★全日本テコンドー協会は

 岡本依子が所属する同協会の佐藤圭司事務局長は「われわれが望むのは、一本化であり、岡本選手を五輪に出すこと。連合とは話し合いを続けている」と努力を強調した。すでに岡本派遣を求める請願者と嘆願書をJOCに提出しており、31日はJOCに最後の要請を行うという。

★「柔軟な対応を期待する」文部科学相

 河村建夫文部科学相は30日の記者会見で、JOCに対し、選手派遣に向け柔軟な対応を求めた。文科相は「選手はみんな、五輪に出る夢を持っている。出場枠を獲得したのに(競技)団体の合同が条件で出場できず、その夢を摘むことは、国民の望むところではない。選手派遣に柔軟な対応を期待する」と強調。団体の統合に関しては「うまく統合してもらう努力はしてもらわないといけない」とした。


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