松田健次郎氏の死を乗り越え、健闘誓う
追悼の思いを胸にエーゲ海へ−。アテネ五輪のヨット選手団は、日本チーム監督を務める予定だった松田健次郎氏が4月25日に急死する悲劇を経験した。五輪108日前に亡くなった先輩ヨットマンのために、7種目に出場する10人の選手は健闘を誓う。
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11日に都内で行われた日本セーリング連盟のアテネ五輪壮行会は厳粛な雰囲気に包まれていた。会場の中央には日本代表監督を務めていた故松田健次郎氏の遺影が掲げられ、選手とスタッフは喪章をつけて追悼した。
「松田先生のためにもいい成績を残したい」。同氏が最後に指揮を執ったミストラル級世界選手権(4月、トルコ)で3大会連続五輪出場を決めた今井雅子が誓う。4回目の五輪に挑む49er級のベテラン中村健次にとっては、日大時代からの恩師。「松田先生と一緒に五輪に行くという、20年越しの夢がかなうと思っていた」と、悲しみをバネに上位を狙う。
★小松一憲コーチが監督に昇格
松田氏の急死に伴い、山崎達光・日本連盟会長(69)が選手団長を兼任、小松一憲コーチ(56)が監督に昇格した。五輪のヨット競技はアテネから34キロ離れたサロニコス湾で実施。東京五輪代表でもあった今は亡きヨットマンのために、日の丸を背負った10人が熱い思いを胸にアテネへ赴く。
★五輪日本史
36年ベルリンで初参戦。56年メルボルンと68年メキシコには選手を派遣しなかった。最高の成績を残したのは女子470級の重由美子・木下アリーシア組。92年バルセロナ5位で日本ヨット初の入賞を果たし、96年アトランタでは銀メダルを獲得、00年シドニーでも8位入賞した。99年に日本ヨット協会と日本外洋帆走協会が統合し、日本セーリング連盟が発足している。
★ルール
アテネ五輪ではイングリング級が新種目となり、9の艇種で11種目が行われる。1人乗りがウインドサーフィンのミストラル級、ヨーロッパ級、フィン級、レーザー級。2人乗りが470級、49er級、トルネード級、スター級。3人乗りがイングリング級。レース海面に設置されたブイを、決められた順序に決められた回数を回り、フィニッシュした着順で順位が決まる。
★世界の勢力
ヨットは欧州で盛んなため1896年第1回アテネ大会でも正式競技だったが、悪天候で中止。第2回大会から行われている。西欧、米国、オセアニア、南米勢が強国。シドニー五輪の金メダルは豪州4、英国3、イタリア、デンマーク、フィンランド、米国が各1個だった。開催国ギリシャもアトランタ大会(女子ミストラル級)以来の金メダルを狙う。
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