武田、浦組、ちょっぴり苦い6位の味

武田=左=と浦 連続入賞だ。ボートの男子軽量級ダブルスカル決勝に進出した武田大作(30)=ダイキ、浦和重(28)=NTT東日本東京=組は6位だった。武田はシドニー五輪に続き、2大会連続の6位入賞。優勝はトマシュ・クハルスキ、ロベルト・シチ組(ポーランド)だった。〔写真:決勝6位に終わった武田=左=と浦。メダルへあと一歩及ばなかった=共同



 シドニー五輪では長谷等(中部電力)と組んで日本ボート界初の快挙となる決勝進出を果たした武田。あれから4年、頂点獲りを目指して臨んだアテネで、前回と同じ6位入賞を果たした。

 決勝。2000メートルで争うレースで、独走態勢のポーランドを除き、残りの5艇はラスト500メートル地点まで横一線状態だった。6位で通過した日本を含め、どの艇にもメダルの可能性があった。

 「結果が一番大事。(シドニー五輪後)4年間やってきたけど、自分は変化がない。それが悔しい」と武田。混戦から抜け出すスピードを出せずに4年前と同じ成績に終わり、苦笑いを浮かべた。浦も「目標をクリアしないと喜べない」とつぶやいた。

 昨年7月のスイスW杯では浦とのペアで2位となり「コンディション次第では金メダルも狙える」と話していた武田は、「(メダルに)近づいてはいる。でも僕らはまだ獲れるレベルではなかったんだろうと思う」。2人のコンビは今大会限りで解消する。メダルに向かって4年間、漕ぎ続けてきた武田、浦組の挑戦が幕を閉じた。

武田 大作(たけだ・だいさく)
 1973(昭和48)年12月5日、愛媛・松山市生まれ。30歳。愛媛大付農高−愛媛大−愛媛大大学院−ダイキ。00年シドニー五輪男子軽量級ダブルスカル6位。1メートル78、74キロ。


浦 和重(うら・かずしげ)
 1975(昭和50)年11月10日、福岡・二丈町生まれ。28歳。福岡舞鶴高−日大−NTT東日本。03年スイスW杯男子軽量級ダブルスカル2位。1メートル80、72キロ。


ダブルスカル

 2000メートルの距離で争う。各艇の先端が決勝線を通過した順番で勝敗が決まる。種目は体重無差別級のオープンと軽量級があり、こぎ手2人がそれぞれ2本のオールを使う。

日本ボート史

 漕ぎ手が2本のオールを使うことをスカルといい、2人乗りで争う種目をダブルスカルという。体重無差別級のオープンと軽量級があり、各艇の先端が決勝線を通過した順番で勝敗が決定。距離は2000メートル。


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