世界一の足技! 鈴木桂治、これぞニッポン柔道の神髄
最強神話復活だ。全日本柔道選手権覇者の鈴木桂治(24)=平成管財=が男子100キロ超級を制し、金メダルを獲得した。世界最強を決める五輪最重量級で日本選手が優勝したのは88年ソウル五輪の斉藤仁以来、16年ぶり。女子78キロ超級の塚田真希(22)も金メダル。競技初日の谷亮子(28)と野村忠宏(29)の優勝を皮切りに、メダルラッシュに沸いた柔道ニッポン。柔道最終日を派手に締めくくった。〔写真:決勝戦で一本勝ちした鈴木は、思わず雄叫び。世界最強の座を、日本に取り戻した=撮影・尾崎修二〕
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柔よく剛を制した。これがニッポン柔道の強さだ。柔道関係者が、いや1億国民が息をつめて見守っていた決勝戦。鈴木の左足が飛んだ次の瞬間、相手のトメノフ(ロシア)は仰向けに畳に転がった。一本! 日本が16年間遠ざかっていた五輪最重量級の金メダルを、つかみ取った。
「感無量です。一番重いクラスで責任が重大だった。自分には全日本選手権で優勝した責任がある。とにかく勝ちにこだわりました」。天に向かって両手を突き上げた24歳の若武者は、今大会、柔道会場に流れた8度目の君が代を、表彰台の頂点で胸を張って歌った。
本来は100キロ級。対戦成績3勝1分け3敗のライバル、井上康生がいたために100キロ級の代表権を得られなかった。4月の全日本選手権で井上を倒してようやくつかんだのが、1階級上の100キロ超級だった。体重を109キロにまで上げてアテネに臨んだが、相手は10−20キロは重い巨漢ぞろい。しかし、真っ向から組み合って、払い巻き込み、小外刈り、内またで次々と相手を裏返しにした。ポイント狙いではなく、一本を取りにいく。これぞ、日本の国技・講道館柔道だ。
五輪の怖さを見せつけられた。前日、あの康生が100キロ級でまさかの敗退。日本チームは重苦しい空気に包まれた。「康生さんが負けたのには驚きましたが、それがオリンピック。緊張感が出ました」。康生さんのためにも勝ちたい。いや、勝たねばならない。
4月の全日本選手権前に、1通の電子メールを受け取った。「一緒に(全日本で試合を)やろう」という康生からのメッセージ。その返礼とばかりに全日本で康生を倒し、五輪切符を獲得。「2人で金メダルを獲ろう」と約束した。ところが…。屈辱にまみれた康生だが、この日、会場に現れ、激励してくれた。「イケよ!」。短い言葉で送り出してくれた。目を見て誓った。「絶対に勝ちます」と。そして、ニッポン柔道最強伝説を、体現してみせた。
柔道教室に通っていた4歳年上の兄は父に送り迎えしてもらっていた。自分も夜に外に出たい、父の車に乗りたい。その一心で3歳から始めたのが柔道だった。普段は合コン大好きの普通の若者が、世界最強の座に就いた。16年前に最重量級を制した恩師の斉藤仁・日本男子監督は、周囲をはばからずに号泣した。
谷と野村のダブル金メダルでスタートしたアテネの柔道は、空前のゴールドラッシュに沸いた。最終日のこの日、女子の塚田に続いて鈴木が快挙で締めくくった。ニッポン柔道は、五輪発祥の地で、華やかに復活した。
(臼杵孝志)
| 鈴木 桂治(すずき・けいじ) 1980(昭和55)年6月3日、茨城県生まれ。24歳。03年世界選手権大阪大会無差別級金メダル。得意は大外刈り、小外刈り、内また。国士大出。平成管財。1メートル84、110キロ。 |
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◆経歴 国士舘中→国士舘高→国士大→平成管財。柔道は4歳上の兄・正典さんに影響され、3歳から「石下町体育教会柔道部」で始める
◆ストライカー 小学校時代はサッカーにも熱中。6年時ですでに身長1メートル65、体重60キロのビッグサイズ。50メートル走は6秒5の快足FWだった
◆オーウェン 今は見るだけになったサッカー。お気に入りはイングランド代表FWオーウェン(レアル・マドリード)。「同い年のスーパースターですから」
◆モヒカン 大学1年時の髪形はモヒカン。当時国士大監督だった斉藤仁・全日本男子監督に一喝されてからは丸刈り
◆アルコール 国士大先輩で81キロ級代表の塘内将彦が会長の焼酎「霧島」をこよなく愛する「霧島部屋」の会員。黒帯の裏側には「霧島」の文字を刺しゅうしている
★鈴木に聞く★
−−初の五輪の感想は
「緊張感がすごかった。観客が大勢いて、これで勝ったら気持ちがいいだろうと思っていた。雰囲気を味方につけた気がする」
−−一つ上のクラスでの快挙。かなり厳しかったのでは
「本来の階級ではないので、けがをするんじゃないかと思ったが、案の定突き指をした。体も痛い。試合中は集中しているので分からなかった。クラスが変わっても強い者が勝つことが分かった。自信になった」
−−今後は100キロ級、100キロ超級のどちらでやるのか
「今のところ、まったく考えていない。当分の間、柔道着を着るつもりはない。次に柔道着を着たときに考える」
◆柔道男子・斉藤仁監督 「鈴木は内またがぴたりと合っていた。内またがいいと足技が生きる。足技が生きると内またが生きる。相乗効果があった。決勝はひやひやしたが、よく決めてくれた」
★吉田秀彦★
日本柔道の意地をみせた最終日だった。アベック金メダルに始まり、最後も男女金メダルで締めくくるという最高の形で終わってくれた。
(鈴木)桂治は身長、体重で上回る相手に、得意の足技が効いていた。準決勝までの内また3連発も、足で崩せたからだ。まさに“柔よく剛を制す”柔道で獲った金メダルだった。
前日の康生の敗退が悪い影響を及ぼさないかが心配だったが、試合ではいい方向に気持ちをコントロールしていた。日本チャンピオン(全日本選手権王者)らしい試合を見せてくれた。
女子の最重量級で初めて金メダルを獲った塚田は、実力を出し尽くして獲った金メダルだろう。最強の相手と思われた中国の孫が準決勝で破れ、決勝でも強運のけさ固めで勝利をつかんだ。
柔道の金メダル8個は高く評価できる。康生は残念な結果に終わったが、国内で桂治、棟田の3人が争ってきた重量級のように、国内でしのぎを削る戦いがある階級が結果を残した。4年後もメダルを量産するためには、今回のメダリストたちを脅かす若手の成長が不可欠だろう。
(柔道家)
★データBOX★
▼鈴木と塚田の優勝で、さらに競泳女子800自で柴田亜衣(鹿屋体大)が優勝したことで、日本選手団が獲得した金メダルが12に達した。内訳は柔道9、競泳3、体操1。日本の金メダルが2ケタに乗ったのは、84年ロサンゼルス五輪以来、20年ぶり。金メダル数の最高は64年東京五輪の16だが、今大会は今後も有望種目がめじろ押しだけに、記録更新もおおいにあり得る。
▼柔道の五輪通算獲得金メダル数は31個に。前回シドニーまで競技別1位だった体操の27個を一気に抜き去り、2位からトップの座に躍り出た。体操は今大会で男子団体が金メダルを獲得している。
■重量級五輪金VTR■
★猪熊功 64年東京重量級。ヘーシンク(オランダ)が無差別級に回り、強豪が集中した重量級に出場。86キロの小兵ながら決勝で1メートル90のロジャース(カナダ)に勝つ
★上村春樹 76年モントリオール無差別級。決勝でレムフリー(英国)と対戦し、崩れ上四方固めで一本勝ち。日本柔道界の悲願だったこのクラスの金メダルをもたらす
★山下泰裕 84年ロサンゼルス無差別級。2回戦で右ふくらはぎ肉離れに襲われたが、決勝でエジプトのラシュワンを抑え込んで金メダル。国民栄誉賞も受賞した
★斉藤仁 84年ロサンゼルス95キロ超級決勝でパリジ(フランス)を破り優勝。88年ソウル95キロ超級ではストール(東ドイツ)を破り連覇。ソウルでは日本柔道唯一の金
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