絶体絶命から逆転、塚田も女子初殊勲の金
柔道女子78キロ超級で塚田真希(22)=綜合警備保障=が優勝し、五輪初出場で金メダルを獲得した。92年バルセロナ大会から五輪で実施されている柔道女子の最重量級で、日本選手の優勝は初めて。今大会は柔道女子7階級で、日本は最多の5階級を制する圧倒的な強さを示した。〔写真右:優勝の瞬間、思わずガッツポーズの塚田=撮影・川村寧。同下:メダリストの中心で塚田=左から2人目=の笑顔が輝いた=撮影・尾崎修二〕
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最後も金だ。大躍進の女子柔道が最難関の78キロ超級も制した。劇的な逆転勝ち。塚田が両手でガッツポーズして木村コーチと抱き合った。
「一つ一つきつい合宿をやってきたから、絶対負けられなかった」
決勝のベルトラン戦。背負い落としで技ありを奪われ、抑え込まれる。万事休したかと思われた次の瞬間、体を入れ替えて後ろけさ固め。天をにらみ、親の仇のように全体重をかけ続けた。
「抑え込まれた時はパニクったんですけど、ここで負けられないという気持ちがあった。(抑え込んだ時は)絶対離すもんかと思いました」
前日は大学、会社を通じての先輩、男子100キロ級の井上康生がまさかのメダルなし。憧れの存在が味わった悪夢。しかし、女子重量級の顔に成長した塚田に重圧は伝染しなかった。
初戦の2回戦は小外刈りで21秒の秒殺。速攻の初戦突破で弾みをつけ、決勝は昨年の世界選手権(大阪)準決勝で退けたベルトランに技ありを取られながら、逆転の寝技で圧殺。日本女子柔道5個目の金は、五輪、世界選手権を通じ、初の最重量級で勝ち取った。
「先輩たちがいい流れを作ってくれたので、それに乗れたと思います」
謙虚で優しい性格。柔道は中学1年の時に部活動で始めた。全日本クラスでは極めて遅い出発点。当時から体は大きく、近所の人に勧められた。本当は美術部に入るつもりで運動は苦手。扁桃腺が弱く、すぐ風邪も引いた。体を強くするために母・恵子さん(48)が幼稚園から通わせていたスイミングスクールも小学5年でやめた子だ。
でも、あのシーンだけは頭に残っていた。92年バルセロナ五輪で金メダルを獲得した古賀稔彦の鮮やかな背負い投げ。「カッコいいなぁ…」。漠然と抱いていた柔道への憧れ。背中を押されたように柔道部の門を叩いた。器用なタイプではない。武器は大きな体とたゆまぬ努力。打倒・中国を目指し、泣きながら練習をしたこともある。
大阪の世界選手権決勝で敗れた孫福明(中国)は準決勝で敗れ、リベンジは果たせなかった。金メダルのシナリオには若干の修正もあったが、お楽しみはこれから。塚田時代がアテネで幕を開けた。
| 塚田 真希(つかだ・まき) 1982(昭和57)年1月5日、茨城県生まれ。22歳。03年世界選手権銀メダル。体重無差別で争う全日本女子選手権は3連覇中。全日本女子選抜体重別選手権は2連覇中。得意は大外刈り。東海大出。1メートル69、121キロ。 |
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◆経歴 土浦日大高→東海大→綜合警備保障。東海大大学院修士課程在学。柔道は中学1年から部活動で始める
◆幻技 得意技は大外刈り。「でも、なかなか出ないんです。みんなからは幻の大外と言われています」
◆康生 02年12月に父・浩さんが死去。母親を同じように病気で亡くしている大学の先輩、井上康生に「頑張れば、喜んでくれるのはお父さん」と励まされたのが立ち直るきっかけ
◆体重 公表体重はちょっと前から115キロ。最近はさらにスケールアップした感もある(略歴参照)が本人の前で体重の話題はNG。「太った、大きくなったって言わないで下さい!」
◆柔道女子・吉村和郎監督 「塚田は調子が良すぎたぐらいだ。(決勝の)寝技は練習の成果が出た。自信を持つ中で勇気が出てきている。(女子の5階級制覇は)監督を8年やってきて一番の喜び。選手とコーチが一体となった」
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