【柔道】阿武満願! 井上ショック吹き飛ばす涙の金

阿武教子 柔道女子78キロ級の阿武教子(28)=警視庁=が決勝で、劉霞(中国)に一本勝ちし、悲願の金メダルを獲得した。日本選手団として6日連続での金メダルとなった。昨年9月の世界選手権(大阪)で4連覇しながら、アトランタ、シドニー五輪ではともに初戦敗退。三度目の正直で五輪を制した。男子のエース井上康生が敗退するショックを払拭し、女王が大仕事をやってのけた。〔写真:金メダルの瞬間、両拳を握りしめてヤッターッ! 阿武がついに、五輪を制覇した=撮影・尾崎修二



 8年分の涙だった。残り12秒、阿武が劉霞を袖釣り込み腰で投げ飛ばした。一本勝ちだ。金メダルだ。もう五輪は鬼門じゃない。3度目の五輪で、最強を証明した。

 「2度の五輪で初戦敗退して、どうなるかと思っていたが、優勝できてよかった。振り返れば、2度の試練があったから、今があります」。表彰台の頂点に立ち、涙で君が代を聞いた。

 昨年9月の世界選手権(大阪)で4連覇を達成した。誰もが認める実力者だが、なぜか五輪には縁がなかった。アトランタ五輪では開始30秒で一本負け。シドニー五輪も初戦で沈んだ。

 2大会で五輪0勝…。あまりのショックに、シドニー後は燃え尽きたように畳から離れた。車の免許も取った。若い選手の付き人もした。意識的に畳から離れた1カ月。自分を見つめ直すことができた。「もう一度、畳の上で勝負したい」。答えは出た。

 「普通にやればメダルは獲れる」。五輪イヤーの今年、8年間に渡って成長を見続けた吉村和郎・全日本女子監督はそう言い続けた。敵は己の中にいた。

 いかに平常心で臨むか。手っ取り早い方法は過去を素直に受け入れることだった。アテネに向けて順調な調整を続けていた7月、初めてシドニーのビデオを見た。体と心がバラバラの自分。「こんな情けない試合をしていたのかと腹が立ってきた。試合中にアトランタで負けたことを考えていたのを思い出した。もっと早く見ればよかった」。呪縛が解けた。

 シドニーの時は断った地元・山口県からの応援団にも来てもらった。「4年前はまた負けたら申し訳ないと思って。でも、アテネは優勝できる気持ちが強いからOKです」。初戦寝技で一本勝ち。五輪初勝利で弾みをつけた。

 準決勝ではゴールデンスコア方式の延長戦、残り19秒に大内刈りでポイントを奪って、シドニー五輪銀メダルのルブラン(フランス)を撃破した。「五輪は特別なものじゃない」。トラウマが消えていた阿武は強かった。力を普通に出し切った結果の金だ。

 「私ほど浮き沈みのある選手もいない。こんな選手でも頑張ることができるところを見せたいんです」。胸に輝く金メダル。28歳になった女王は自らの力で、つれなかった勝利の女神を振り向かせた。

 阿武 教子(あんの・のりこ) 1976(昭和51)年5月23日。山口・阿武(あぶ)郡福栄村生まれ、28歳。福岡・柳川高−明大−警視庁。97、99、01、03年世界選手権優勝。93〜04年全日本女子選抜体重別選手権優勝。93〜96、99年全日本女子選手権優勝。94年アジア大会優勝(96年まで72キロ超級、97年72キロ級、98年から78キロ級)。得意技は大内刈り。1メートル62。


 ◆柔道歴 3歳から柔道を始める。姉・美和さん(31)は89年ベオグラード世界選手権代表。93年全日本女子選手権で史上初の高校生女王に輝き、その年、史上最年少で女子四段に昇進。95年に明大初の女性部員に

 ◆スパルタ 柔道家の父・靖さんに幼少から徹底的に鍛えられる。まだ泳げなかった3歳のとき、自宅近くの池に放り込まれたこともある

 ◆ゲンかつぎ 柔道着を畳に直接つけない。高校時代に何気なくやり始め、今も続く。置く時はタオルなどに包む。数字は奇数にこだわる。腹筋運動などの運動も偶数で終わるのはNG

 ◆勝負曲 試合前に聴くアーティストはポルノグラフティだが「曲名は秘密」。五輪に合わせて4年周期で同じ曲を聴き続ける

★そのとき★

 阿武の出身地、山口県福栄村では、村役場隣の「道の駅」で、父・靖さん(59)と祖母・フミ子さん(87)が、村民ら約200人とともに大型テレビで声援を送った。金メダルが決まった瞬間、靖さんは両手でガッツポーズ。「苦しかったと思うが、長い道のりだったね、と褒めてあげたい」と涙ぐんだ。

 ◆この1年間、付き人を務めた兄・貴宏さん 「過去のことを考えると言葉が出ない。僕が支えてあげないといけないと思った」


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