【柔道】地獄見た内柴、ひらめきオール一本で輝く金

内柴正人 柔道ニッポンが金メダルラッシュだ! 男子66キロ級の内柴正人(26)=旭化成=が、決勝でクランツ(スロバキア)を小外刈りで下すなど、1回戦からオール一本勝ちで金メダルを獲得。日本柔道の金メダルは、前日の女子48キロ級の谷亮子(28)、男子60キロ級の野村忠宏(29)に続いて今大会3個目となった。〔写真右:やめなくて、よかった! 苦難を乗り越え、つかんだ金メダル。内柴が飛びきりの笑顔を見せた=撮影・塩浦孝明。同下:ひらめきが、体を動かした。内柴=上=の小外刈りが決まった



 気迫と技のキレが、相手を倒した。クランツとの決勝戦1分46秒。小外刈りが決まった! 相手の背中が畳についた瞬間、内芝は金メダルのガッツポーズだ。

 「生まれて初めて、ひらめきがあった。相手がよく見えた。今までこんなこと、なかった。自分を信じた結果です」

内柴=上=の小外刈りが決まった
 夢見心地だ。世界選手権を合わせても、初の世界大会出場となったアテネ五輪。今まで味わったことのない、緊張感、重圧の中、1回戦から、払い腰、ともえ投げ、浮き落とし、準決勝では肩車。そして決勝での小外刈り。持っている技を、余すところなく繰り出して5試合連続の一本勝ちだ。激戦の66キロ級。日本勢では84年ロサンゼルス大会での松岡義行(当時65キロ級)以来、実に20年ぶりに制圧した。

 「自分は一度は死んでますから…」。今年4月の全日本選抜体重別に勝ち、五輪代表に選ばれた内芝。わずか1年前には、失意のどん底にいた。本来の階級は60キロ級。しかし、普段の体重は69キロと大きくオーバーし、試合のたびに過酷な減量を強いられてきた。03年全日本選抜体重別は減量に失敗。1・8キロもオーバーし、失格する大失態を演じた。

 「試合前は食事どころか水も飲めない。飢えとの闘い。こんなことやって意味があるのかなぁ…。このまま死んでしまいたいと思った」

 一度は引退を考えた。その気持ちにブレーキをかけてくれたのが、昨年5月に結婚した夫人のあかりさん(24)だ。妻の励ましに、戦いは厳しくなるものの、66キロ級への転向を決意した。しかし、そのお陰で減量苦からは解放され、持ち前のパワーとキレで世界への舞台へ飛び出した。

 今年6月25日には長男・輝(ひかる)くんも誕生し、一家の大黒柱として精神面はさらに強くなった。愛息の名前に込めた「輝く金メダル」を勝ち取った。挫折が人生を変えた。一度は、地獄を見た男が、感無量の思いで君が代を聞いた。

 「柔道をやるのは家族のため。それが一番です。どうせやるなら楽しくやらないと」

 遠回りした柔道人生。やめなくてよかった…。表彰台の真ん中でヒーローの笑顔が明るく、輝いた。

(臼杵孝志)


内柴 正人(うちしば・まさと)

生まれ&サイズ 1978(昭和53)年6月17日。熊本・菊池郡合志町生まれ、26歳。1メートル60
経歴 国士舘高→国士大→旭化成。5歳年上の兄・一嘉さんにケンカで負けたくないと小学3年から柔道を始める。得意技はともえ投げ。左組み。3段
主なタイトル 02、04年全日本選抜体重別選手権。04年ドイツ国際。01、03年講道館杯。99年嘉納杯(03年4月まで60キロ級)
おきて破り 妻・あかりさん(24)は元帝京大柔道部。同部の男女交際禁止のルールを破り、あかりさんが在学中から交際。同部の稲田監督に「卒業したら結婚します」と必死の釈明
親バカ 6月25日に第一子の長男・輝(ひかる)くんが誕生。「嫁さんが毎日、送ってくれる写真付きメールを(井上)康生に見せたら、自分に似てるって言ってくれたんです」とデレデレ
お約束 飲み会では必ずシャツを脱ぎ、自慢の肉体美を誇示。筋肉ぴくぴく芸を披露する

★そのとき★

 熊本から応援に駆けつけた父・孝さん(54)は、必勝はちまき、ホオには日の丸のワッペン、息子の顔写真がプリントされたオリジナルTシャツで“完全武装”。母・かよ子さん(57)とともに声をからした。孝さんは「感無量…。日本に胸を張って帰れます」と表彰台の真ん中に立つ息子を誇らしげに見つめた。アテネに出発する直前、内柴はかよ子さんに電話を入れた。「現地は暑い。サングラスと帽子を忘れないように」−「わたしの体が弱いから心配してくれて…」。みるみる目が潤んだ。

データBOX
 ▼14日の60キロ級の野村に続いて66キロ級の内柴が優勝。男子が初日から2日連続の金メダルを獲得したのは84年ロサンゼルス大会初日の60キロ級を細川、2日目の65キロ級(当時)を松岡が制して以来、20年ぶりの快挙。
 ▼連日の金メダル獲得では、92年バルセロナ大会4日目の78キロ級(当時)で吉田、5日目の71キロ級(同)で古賀が優勝して以来、12年ぶり。最長記録は64年東京大会(初日から)、72年ミュンヘン大会の3日連続。女子では2日連続の優勝はない。
 ▼これで男子は通算23個目の金メダル。大会別では4個を獲得した84年ロサンゼルス大会が最多(当時は無差別を含む8階級で実施)、残り5日で記録更新の可能性は高い。ワーストは88年ソウル大会の1個で、今大会の男子監督を務める斉藤仁が95キロ超級を制しただけだった。女子の3個を合わせた合計26個は、体操の27個に続いて競技別で2位。


★吉田秀彦★

 よく勝ち抜いてくれたな。まさに「小さな巨人」と呼びたくなる内柴の金メダルだった。重圧は僕にも痛いほど伝わってきた。五輪の1年前に階級を上げることは、すごく勇気のいる決断。内柴はきまじめな選手だし、僕もバルセロナの78キロ級から階級を上げていったから、よくわかる。だからこそ金メダルの重さは格別なものだろう。

 1回戦からの戦いぶりを見ると、体がキレていたし、調子はよかった。常に技を仕掛け、練習どおりの自分のペースで戦えたのが、オール一本勝ちにつながった。決勝は気合の一本。勝ちたいという執念を感じた。

 横澤はあと1歩で金メダルを逃したが、2日目までに金3つ、銀1つは最高のスタート。自分より前に戦う選手が勝っても負けてもプレッシャーがかかるのが五輪の柔道だから、(井上)康生には重圧がかかるかな? でも選手が快進撃をいい方向に感じてくれれば、これからの試合も楽しみだ。(柔道家)

 ◆柔道男子・斉藤仁監督 「(内柴に対し)試合前、楽しめと言ったら、あいつはうんと言った。きょう優勝することが、去年挙げた結婚式の引き出物になるとも(内柴に)言った。おれは泣いてしまった」

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