【第71号】高田裕司−「アニマルの中のアニマル」

(76年モントリオール・レスリング・フリースタイル52キロ級)

★80年モスクワ五輪ボイコットには男泣き

高田裕司 ソ連選手から「アニマルの中のアニマル」と恐れられた22歳の高田が、完勝で金メダルを獲得した。7試合のうち4試合をフォール勝ち。最後の相手、全(韓国)にも、いきなりリードを奪ったあと、得意の外無双でひっくり返すとそのままけさ固めでフォールにもちこんだ。

 群馬県太田市の生まれ。大泉高でレスリングを始めたが、同高に部はなく同好会で、遊び程度の感覚。ところが、高2のとき、友人が高田に借りたバイクで事故を起こし、父・周作さんからこっぴどく殴られる。これで、遊びに向いていたエネルギーがすべてレスリングに向かうようになり、めきめき頭角を現した。

 日体大3年の20歳で出場した74年世界選手権ではやくも世界一。高田時代は永遠に続きそうな予感すら漂っていた。

 ところが、連覇が絶対視されていた80年モスクワ五輪は、日本が、ソ連のアフガニスタン侵攻に反対してボイコットしたため不参加。人目をはばからず男泣きに泣いた高田は、84年ロサンゼルス大会を目指し30歳でカムバック。8年ぶりの五輪に挑んだが、銅メダルに終わった。

写真:1976年モントリオール大会、レスリング・フリースタイル52キロ級決勝で相手をフォールした高田裕司


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