【第64号】日本−「松平一家」結束して悲願達成

(72年ミュンヘン・バレーボール男子)

★準決勝“奇跡の大逆転”で乗った

東ドイツの攻撃をブロックする南将之  パレスチナゲリラによる選手村襲撃というショッキングな出来事から4日。松平康隆監督率いる男子バレーボールチームが、快挙を日本に届けた。バレーボールが採用された東京で銅、メキシコで銀、そしてミュンヘンで金。まさに8年越しの悲願達成だった。

 体格に勝る外国に勝てるチームをいかに作っていくか。ひとつは選手の大型化、そして日本独特の犠牲的精神による連携攻撃。森田淳悟、横田忠義、大古誠司の大砲に、史上最高の名セッター、猫田勝敏ら、のちに松平一家と呼ばれる人材が集結し、ABCDの各クイック、時間差攻撃などが編み出された。

 大一番になったのが、テロ後の競技再開最初の試合となった準決勝ブルガリア戦。セットカウント0−2から奇跡の大逆転の主役になったのが、中村祐造30歳、南将之31歳の両ベテラン。横田は「こんなものを付けているからダメなんだ」と、腰痛防止に巻いていたチューブを引きちぎって打ちまくった。

 決勝は東ドイツに3−1の完勝。見守った松平夫人、俊江さんの手には、6年前に11歳で早逝した長男、康昌くんが「1位日本」と書きこんだ筆箱が握りしめられていた。

写真:1972年ミュンヘン大会バレーボール男子決勝で東ドイツの攻撃をブロックする南将之


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