【第51号】宗村宗二−耐え抜いてたどりついた栄光
(68年メキシコ・レスリング・グレコローマン・ライト級=70キロ以下)
★前夜見た夢、「正夢」に
11個を獲得したメキシコで、日本の最後を飾った宗村の金は、耐えて耐え抜いた人生そのものともいえるものだった。
グレコローマン最終日。25歳の宗村は、4回戦まで4連勝と勝ち進んだが、5回戦は引き分け。6回戦を判定勝ちしたあと、最後の7回戦も強豪ホルバト(ユーゴ)と引き分け。メダルの色は3時間後の、ホルバトvsガラクトポウロス(ギリシャ)の一戦の結果に持ち越された。
ホルバトがフォール勝ちすれば、金はない。息をのんでみつめる宗村の前で、結果はドロー。宗村の金が決まった瞬間だった。
新潟・巻農高から明大に進学。フリー全盛の当時はグレコに回った段階で“失格”同然だった。最大の試練は東京五輪前。全日本選手権で優勝しながら、「実績がない」として代表から外された。激しく落ち込んだが、それでも新潟県人独特の粘り強さで練習を重ねた。
「夢でも勝て!」を掲げる八田一朗レスリング協会会長の言葉を実践してきた地味な男が、決勝リーグ前夜見たのは、郷里新潟の大平原で300キロはあろうかという大ガエルを捕まえる夢。最後の挑戦で、見事、世界の頂点を勝ち取った。
〔写真:1968年メキシコ大会、レスリング、グレコローマン・ライト級で優勝した宗村宗二〕
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