【第35号】猪熊功−「ケンカ柔道」で決勝優勢勝ち

(64年東京・柔道・重量級=80キロを超えるもの)

猪熊功★「打倒ヘーシンク」の夢はかなわず

 「人の運はわからない。敗れた神永さんが不運だったのか、ヘーシンクと戦えなかった私が不運だったのか」

 柔道重量級で金を獲得した猪熊は、生前こう語っていたという。

 当時の柔道界にとって、最大の命題はオランダの巨人ヘーシンク打倒。1メートル83、88キロの26歳でケンカ柔道の異名をとる猪熊と、1メートル79、101キロ、27歳の正統派、神永昭夫のどちらにするかで、強化委員会の意見は二分される。対戦成績は神永の2勝1敗。選ばれ、無差別級に出た神永はヘーシンクのけさ固めに完敗。その前日の重量級に回った猪熊は、決勝で40キロ近く重いロジャース(カナダ)を一本背負いで投げ(場外)、優勢勝ち。それでも、「少しものたりない」金だった。

 猪熊は、東京教育大(現・筑波大)時代、21歳で初出場した全日本選手権で、神永を背負い投げで下し、初の学生王者(当時最年少)に輝く。その後、腰のけがで再起不能とまで言われたが、ヘーシンク打倒の思いを糧に復活を果たした。

 五輪翌年の世界選手権では、無差別級に優勝。しかし、ヘーシンクのけがでついに対決は実現しなかった。01年、経営する会社の経営不振から自殺。63歳だった。

写真:1964年東京大会、柔道重量級決勝でロジャースを破って優勝した猪熊功(右)


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