【第32号】日本−小野の負傷を若手がカバーし団体連覇
(64年東京・体操・男子団体総合)
★女子とアベックメダル達成
開会式で晴れの選手宣誓を行ったミスター体操、小野喬の気持ちを支えていたのは、母国開催での団体連覇だった。
メルボルン、ローマで4つの金に輝いた小野も、五輪出場4大会目、33歳。既にピークを超えた肉体に、10月18日の団体規定で、さらに悪夢が襲いかかる。跳馬で右肩を痛めたのだ。チームは、ソ連に1・45点の差をつけリードを奪ったが、小野の右肩は、20日の自由当日の朝は、ほとんど動かすことができないほど悪化していた。
それでも、痛み止めの注射をうち、競技の合間にはり治療をしながら強行出場。昔日の無敵のイメージからは程遠いながら、必死の演技で団体金につなげた。女子団体で銅に輝いた夫人の清子(現国家公安委員長)は観客席で、ひたすら夫の無事を祈っていた。
種目別は3連覇のかかった鉄棒のみに出場し、6位。
一時代の英雄は、団体金のインタビューで、自らの負傷には触れず、「若い選手たち(遠藤幸雄27歳、鶴見修治26歳、山下治廣25歳、三栗崇25歳、早田卓次24歳)の力の結集のおかげ」と後輩たちをたたえた。
〔写真:1964年東京大会、体操男子団体総合で優勝し表彰式に臨んだ日本チーム(中央)〕
|