【第31号】中谷雄英(たけひで)−変幻自在の足技

(64年東京・柔道・軽量級=68キロ以下)

中谷雄英=左★“広島の姿三四郎”、必勝の気迫磨く

 法隆寺・夢殿をかたどって建てられた日本武道館。東京大会から正式種目に採用され、全勝の使命を背負って臨んだニッポン柔道の先陣を飾ったのが軽量級の23歳、中谷だ。事実上の決勝とみられた準決勝・ステパノフ(ソ連)戦で「タコ足」の異名通り、左足首を使っての出足払い、大外刈りであわせ一本を奪うと、決勝のヘンニ(スイス)戦は開始30秒で左の小外掛けの技あり、さらに小外掛けで尻もちをつかせた。

 外国人主審の不手際で、しばし中断するハプニングはあったが、わずか1分15秒のあわせ1本。1万5000人の観客からは、割れんばかりの拍手が送られた。

 兄弟4人がすべて黒帯という柔道一家の生まれ。柔道をやるために、一度入った高校を中退し、1年遅れで名門・広陵高に入り直し、“広島の姿三四郎”の異名をとった。闘志が内にこもるタイプで、外国人相手では不利、との心配もあったが、1カ月前から母校・明大の後輩二十数人を相手にぶつかりげいこを繰り返し、必勝の気迫を磨いた。武道館の片隅では、人気がなくなっても、部員たちによる中谷の胴上げが続いた。


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