【第25号】三宅義信−驚異的な世界新で地元五輪金1号
(64年東京・重量挙げ・フェザー級=60キロ)
★親に黙って入った高校で運命変わる
日本中が興奮に包まれた東京五輪の大会3日目。1メートル55と小柄ながら、世界一の力持ちと称えられた24歳、三宅がトータル397・5キロを挙げる驚異的な世界新で、日本の金1号となった。
三宅はローマのバンタム級銀メダリスト。1階級挙げて臨んだ今大会は、8月の全日本で世界新を出し不動の大本命。3種目目のジャーク1回目で145キロ、合計390キロの世界新で金決定。残る2回も次々と新記録を打ち立てた。
合計9回の試技すべてを成功させたのは三宅ただひとり。だが、その余裕も表彰式まで。君が代が響くなか上がる日の丸に、「勝って当然」の重圧から逃れ、そっと涙をぬぐった。
宮城県の蔵王山のふもとの貧しい農家の生まれ。中学卒業後、川崎市の工場に就職したが、両親に黙って郷里の高校を受験。その県立大河原高時代に重量挙げを勧められたことが運命を変える。「栄養代」を稼ぐために親子で野菜の行商も。
祖父は村相撲の横綱で、力自慢の家系。法大時代は、下宿で手製の75キロのバーベルを毎日30回ずつ挙げる練習が実を結んだ。観客席には、豚を売って東京への旅費を稼ぎ、初めて観戦した両親の姿があった。
〔写真:1964年東京大会で獲得した金メダルを示す三宅義信〕
|