【第16号】石井庄八−敗戦から7年…レスリング界の??求道僧?≠ェ快挙

(52年ヘルシンキ・レスリング・フリースタイル・バンタム級=57キロ)

石井庄八(上)

 ベルリンから16年、第2次世界大戦の敗戦後7年してようやく五輪復帰を認められた日本に、戦後最初の金をもたらしたのは、期待された水泳ではなく、レスリングの石井庄八だった。

 バンタム級で7戦7勝。最後の試合はその日3試合目だったが、25歳の石井は、今大会が五輪初参加だったソ連の怪力選手マメデコフを右足タックルから攻め込み、3−0の判定勝ち。地元ファンの「ヤパーニ(日本人)!」の大声援を受け、見事表彰台の中央に日の丸を掲げた。

 千葉中から予科練に入り、復員後中大へ。GHQの方針で柔道部がなかったことでレスリングの道を選んだ。あまりのうちこみぶりに、父・弥三郎から「そんなにレスリングが好きなら体育館に泊まれ」といわれて家を飛び出したこともあったという。

 五輪1年前からは大好きだった酒とたばこを断ち、刺激が強いとコーヒーやからしの類も避ける求道僧のような生活で、五輪にかけての悲願達成だった。

 80年、53歳の若さで腎臓がんのため死去。


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