体操ニッポン有終の冨田銀、米田銅
23日の体操種目別決勝の男子平行棒で冨田洋之(23)=セントラルスポーツ=が銀メダル、同鉄棒で米田功(27)=徳州会=が銅メダルを獲得した。平行棒は92年バルセロナ大会の松永政行(銅)、鉄棒は84年ロサンゼルスの森末慎二(金)、具志堅幸司(銅)以来のメダルとなった。全競技を終了し、日本はメダル4個(金1、銀1、銅2)を獲得し、体操ニッポンの復活をアピールした。日本の今大会のメダル総数は84年ロセンゼルス大会に並ぶ史上最多の32個となった。〔写真:冨田は平行棒で銀メダル。日本のエースが有終の美を飾った=撮影・川村寧〕
◇
無口でクールな日本のエースは表彰台でもほとんど表情を変えなかった。でも、心の中は満足感でいっぱいだった。団体の金メダルに続く平行棒での銀メダル。冨田が初の五輪の最終演技をメダルで締めた。
「団体が一番の目標だったけど、もっと日本をアピールしたいと思った。着地を意識して、丁寧にやればと思っていた。最初と最後でメダルが取れてよかった」
E難度の棒下宙返りひねり倒立、かかえ込みベーレも完ぺきに決めた。後方屈伸2回宙返り下りの着地もほとんど乱れない。採点競技で最初の演技者は不利とされるが、9・775の高得点をマーク。美しさを追求する冨田の演技に順番は関係なかった。
床の失敗が響き、6位に終わった18日の個人総合のあと、3日間の完全オフでリフレッシュした。チーム全員で海水浴を楽しみ、パルテノン神殿も観光した。この日は“出陣”の前に選手村で女子レスリングをテレビ観戦。金メダル候補の浜口の準決勝敗退に「五輪は何が起こるか分からない」と気持ちを引き締め、戦闘態勢を整えた。
昨年8月の世界選手権個人総合で銅メダル。オールラウンダーとしての地位を築いたが、「種目別を捨ててるわけじゃないです。結果は出せると思っていた」と自信をもって臨んだ最後の演技だった。
「初めてにしては上出来だった。しっかり自分の演技をすれば認めてくれるんですね。これからも得意のつり輪を生かし、きれいな体操を目指します」
世界に『TOMITA』の名前を改めてアピールした初の五輪。体操ニッポン復活の原動力となった若きエースは、大きな自信と財産をアテネで得た。
(臼杵孝志)
| 冨田 洋之(とみた・ひろゆき) 1980(昭和55)年11月21日、大阪府生まれ。23歳。セントラルスポーツ所属。京都・洛南高から順大をへて、現在は順大大学院。8歳から体操を始め、01、02年の全日本選手権個人総合で連覇。02年のNHK杯で優勝。昨年の世界選手権・アトランタ大会個人総合で銅メダル。1メートル66、62キロ。 |
|
★米田は「マックの誇り」でメダル
団体の金メダルの感激より、11位に沈んだ個人総合の悔しさが米田を奮い立たせた。予選1位で進んだ種目別鉄棒の決勝。チームリーダーが84年ロサンゼルス大会以来となるメダルを日本にもたらした。
「鉄棒で何とかばん回したかった。集中して自分の演技ができた。着地が決まっていれば金メダルだったかな」
E難度の2回ひねり下りの着地が左足が半歩、後に流れた。それ以外はノーミス。同じ大阪の「マック体操クラブ」出身の鹿島が前日のあん馬で銅、この日は先に冨田が平行棒で銀を獲得し、「ここで自分が獲ったらみんなメダルやと思った。マック出身の誇りをもって演技した」と胸を張った。
今月20日に27歳の誕生日を迎えた。「もっと強くなる自信はある。4年後の北京までチャレンジしていきたい。やみつきになりますね」。昨年の世界選手権は補欠で出番なし。初の大舞台で遅咲きのチームリーダーは勝つ喜びを覚えた。
〔写真:鉄棒銅メダルの米田のフィニッシュ。後方伸身2回宙返り2回ひねり降り=共同〕
| 米田 功(よねだ・いさお) 1977(昭和52)年8月20日、ドイツ・ハンブルク生まれ。27歳。徳洲会所属。大阪で育ち、7歳から体操を始める。清風高から順大。98年のNHK杯、99年の全日本学生選手権、2003年の全日本選手権で優勝。1メートル72、64キロ。 |
|
★そのとき★
冨田、米田の地元、大阪では体操種目別が行われた24日未明、テレビの前で恩師らがメダル獲得に喜びの声を上げた。両選手が通った大阪市阿倍野区のマック体操クラブでは、クラブ関係者ら約25人が集まった。谷利行理事長(68)は「途中ハラハラする場面もあったがよくやってくれた。ブームに乗って体操人口が増えれば」と、今後に期待を寄せた。
★中野果敢に挑戦もメダルに届かず
中野大輔(九州共立大)は自分らしさを発揮しながらも、メダルには手が届かなかった。平行棒では、世界でも数人しか成功していないスーパーE難度、月面宙返り降りに挑戦。空中姿勢がわずかに乱れ、着地で左足が半歩動いた。「会心の出来だったけど、審判員の心をつかめなかった」。5位の評価に不満そうにつぶやいた。鉄棒では、着地で右に倒れる大失敗で9位。「きょうを境に絶対に誰にも負けたくないという気持ちになった」と唇を結んだ。
◆体操男子・加納実監督 「団体の金を狙って取れたのが一番大きい。メダル4個は世界選手権と一緒で、なんとか形を整えられた。日本の美しい体操に加え、五輪で勝つには強さも必要だと分かった」
★池谷幸雄★
冨田クンと米田クンが価値あるメダルを獲得しました。それぞれの種目で2人とも演技順がトップ。運が悪いなと心配していたんです。審判は最初の演技をその後の基準点とするため、得点は抑え気味となり、高得点が出にくく、メダルにつながりにくいもの。そんな悪条件の中、2人とも自分の実力を出し切り、完ぺきな演技を披露してくれました。
個人総合では失敗した2人ですが、鹿島クンが前日のあん馬で銅メダルを獲ったことが、大きな刺激となったのでしょう。3人とも大阪のマック体操クラブ出身で、ボクの後輩ですからね。
今回は団体と種目別で計4個のメダルを獲得し、最高の五輪になりました。ただし、今が体操ニッポンの新たなスタート。追われる立場になり、今回は惨敗した中国も地元開催の北京五輪へ巻き返してくるでしょう。
ボクらはソウル五輪でメダルを獲ったその日に、次のバルセロナでの金、銀を目指して練習を再開しました。今回のメンバーも帰国後は、すぐに新たな大会が待っています。アテネで立てた波を、さらに大きな波に変えてほしいですね。
(五輪メダリスト)
|