【体操】長かった28年…歴代メダリストも感激




★池谷幸雄★

 いや〜、日本は素晴らしい試合でしたね。大きなミスもなく、自信を持った演技を披露してくれました。日々の練習で、成功するイメージをしっかり植えつけたのでしょう。ボクは毎週日曜日に都内の日本スポーツ科学センターで小学生を教えているのですが、代表選手は休日なのに、米田君などはコツコツとよく練習してましたよ。

 日本チームの長所は、体の線の美しさ。ひざが曲がったり、足が開いたり、乱れることがほとんどないんです。現在、全国のジュニアの指導者が目指しているのは、誰にも負けない美しい演技。まずは基本的な反復練習、筋力トレーニングで体をつくってから、技を教えているんです。その成果が金メダルという、最高の結果を生みましたね。

 さらに今回は、技の完成度も高かった。アトランタ五輪からルールが変わり、演技に技をたくさん入れないと得点が出なくなったんです。また、シドニーからは規定演技が廃止され、自由演技が予選と決勝の2回になった。日本は技の完成度が影響して低迷したのですが、ようやく世界に追いつきましたね。

 昨年12月に冨田、鹿島、米田とシャブシャブを食べに行ったんですよ。五輪前はたくさんの取材や行事があるし、周りの応援も違う。ボクみたいにベラベラ喋るタイプじゃないので、その対応に戸惑わないようにアドバイスしました。でも、テレビを見ている限りは、堂々としてましたよね。本当に大した後輩です。

 団体の金メダルを獲ったことで、審判がテクニックを認めた目で見るし、種目別でも追い風が吹くでしょう。もっと注目されて、体操王国ニッポンのさらなる発展につなげてほしい。日本に帰ってきたら、今度はみんなを焼肉で祝福しますよ。(五輪メダリスト)

 池谷 幸雄(いけたに・ゆきお) 1970(昭和45)年9月26日、東京・府中市生まれ。33歳。4歳から体操を始め、小学1年で大阪に転居。地元のマック体操クラブに通い、アテネ五輪代表の米田、冨田、鹿島の先輩。清風高校をへて、日体大。五輪初出場の88年ソウル大会で団体、種目別のゆかで銅メダルを獲得。続く92年バルセロナでは団体銅、ゆかで銀メダルに輝く。同年に引退後は、タレントとして活躍。1メートル70、61キロ。


写真:76年モントリオール大会で団体5連覇を果たした日本。28年の雌伏をへて、日本がまた世界の頂点にたった=共同

★金8個の加藤沢男氏、鉄棒審判員で歴史的瞬間目撃

 76年モントリオール五輪団体など、日本最多8個の金メダルを獲得した加藤沢男・国際連盟技術委員(57)は鉄棒の審判員として、目の前で歴史的な瞬間を見届けた。「選手一人育つのに10年はかかる。先を見据えた指導者たちも出てきたから、いまの代表選手が育った。昔とは違う総合力を感じる」と感慨深げだった。

 ◆ローマ、東京五輪で金メダルを獲得した小野喬さん(日本体操協会顧問) 「ジュニア強化を始めて、こうした結果が出るのは2年後の世界選手権くらいかな、と思っていたけど、期待以上の早さで結果を出してくれた。ルーマニアや中国と比べて、落ち着いていた。ただ、4年後の五輪は最大のライバル国、中国での開催。アウエーで王座に君臨できてこそ、真の復活になる」

 ◆東京五輪の団体と個人総合金メダリストの遠藤幸雄さん(日大教授) 「目の黒いうちに、表彰台の一番高い所に上がってもらい、君が代を聞きたいと思っていた。“おめでとう”以外に掛ける言葉はない。今の選手は日本が強かった時代を知らない。プレッシャーをさほど感じていないと思う。それがむしろ良かったのかもしれない」

 ◆早田卓次・日本体操協会副会長(東京五輪団体金メダリスト) 「こんなに早くチャンピオンの地位に戻れるとは…。今は競る相手が多い。“体操ニッポン”の復活というより、今の連中は僕たちを超えてしまった」

 ◆メキシコ、ミュンヘン、モントリオール五輪と3大会連続で団体金の監物永三さん(日体大教授) 「ずっとテレビで見ていました。優勝の瞬間はうれしかったな。モントリオールの後、日本は低迷しましたが、今回の優勝は地道な積み重ねの結果です。選手にはご苦労さまと言いたい」

 ◆モントリオール五輪団体金の梶山広司さん(日大体操部監督) 「世代交代がうまくいった。最後の鉄棒は重圧のかかる場面だったが、このチームは鉄棒が得意ですからね」

 ◆モントリオール五輪で団体金の五十嵐久人さん(新潟大学助教授) 「今回は従来のレベルよりはるかに高くなっており、いけそうな感じはしていた。本当によかった」

 ◆モントリオール五輪団体金の藤本俊さん(山梨大学教授) 「徹夜で見て感激で泣きました。今回は1ファンとして勇気と感動をもらいました」

 ◆ロサンゼルス五輪鉄棒の金メダリストでタレントの森末慎二 「最後の鉄棒では大変なプレッシャーがかかったはず。冷や冷やしながら手に汗握った。基本ができていることが大きかった。ジュニアの時から練習を繰り返しているので、美しさが崩れない」

 ◆二木英徳・日本体操協会会長 「劇的な戦いで本当に感激している。男子をこれまで強化してきた成果が出た。塚原君は個人総合に出られなかったが、団体でベテランらしい力を発揮してくれたことが大きい」

 ◆竹田恒和・日本選手団長 「“体操ニッポン”の復活だ。最後の鉄棒で3人が技をビシッと決めた。あそこで守りに入らず、攻めの姿勢を貫いた。100%、チャレンジした結果が勝利に結び付いた」

★日本体操史★

 戦後間もない1946年3月に、日本体操協会が設立した。男子は52年ヘルシンキ大会に五輪に戦後初参加。団体は5位に終わったが、種目別では4個のメダルを獲得した。

 日本勢最初の金メダリストは、56年メルボルン大会の鉄棒の小野喬。60年ローマ大会からは団体5連覇を達成し、無敵の強さを誇った。なかでも、加藤沢男は68年メキシコ、72年ミュンヘンでの個人総合2連覇など、日本人最多の8個の金メダルに輝いている。塚原光男は鉄棒の月面宙返りなど、今も使われる新技を編み出した。

 80年モスクワ大会の不参加で黄金期は途絶えたが、84年ロサンゼルス大会で具志堅幸司、森末慎二が金メダル。88年ソウル、92年バルセロナの両大会では池谷幸雄、西川大輔らの活躍で団体銅メダルを獲った。

体操男子団体・五輪順位と歴代出場選手
大会出場選手
32ロサンゼルス本間茂雄、佐々野利彦、近藤天、武田義孝、角田不二夫、芳賀真人
36ベルリン武田義孝、曾根道貫、野坂浩、三宅芳夫、角田不二夫、松延博、遠山喜一郎、有本彦六
52ヘルシンキ竹本正男、小野喬、鍋谷鉄巳、金子朋友、上迫忠夫
56メルボルン竹本正男、小野喬、河野昭、久保田正躬、相原信行、塚脇伸作
60ローマ竹本正男、小野喬、遠藤幸雄、三栗崇、相原信行、鶴見修治
64東京小野喬、遠藤幸雄、鶴見修治、三栗崇、早田卓次、山下冶広
68メキシコ遠藤幸雄、中山彰規、加藤武司、加藤沢男、監物永三、塚原光男
72ミュンヘン中山彰規、加藤沢男、監物永三、塚原光男、笠松茂、岡村輝一
76モントリオール加藤沢男、監物永三、塚原光男、梶山広司、藤本俊、五十嵐久人
80モスクワ不参加
84ロサンゼルス具志堅幸司、梶谷信之、平田倫敏、山脇恭二、外村康二、森末慎二
88ソウル小西裕之、山田隆弘、水島宏一、佐藤寿治、池谷幸雄、西川大輔
92バルセロナ知念孝、松永政行、西川大輔、池谷幸雄、畠田好章、相原豊
96アトランタ10栗原茂、佐藤寿治、田中光、塚原直也、畠田好章、内山隆、前田将良
00シドニー岩井則賢、笠松昭宏、斎藤良宏、塚原直也、原田睦巳、藤田健一
04アテネ米田功、冨田洋之、水鳥寿思、塚原直也、鹿島丈博、中野大輔


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