【体操】ニッポン体操最強伝説誕生! 誇り高き6人を称えよ

 体操ニッポンの復活だ! 男子の団体総合決勝で、予選を1位通過した日本は、最後の鉄棒での逆転で2位米国、3位ルーマニアとの激闘を制し、1976年モントリオール大会以来、五輪では実に7大会28年ぶりに金メダルを獲得した。新エース・冨田洋之(23)=セントラルスポーツ=ら、かつての栄光を知らない6選手が、新たな体操ニッポンの歴史を築く。〔写真右:体操ニッポンの新たな歴史の始まりだ。表彰台で輝く日本の6戦士。左から米田、水鳥、鹿島、冨田、塚原、中野=撮影・奈須稔。同下:難度スーパーEのコールマンを決め、着地も完ぺき。エース冨田の背中には、金メダルの自信があふれた



 復活、そして新たな歴史の到来を告げる足音が響いた。鉄棒の最終演技者は新エース・冨田。E難度の後方伸身2回宙返り2回ひねりからの着地がピタリと決まった。金メダルを確信。両こぶしを握り締めながら、ゆっくりと両手を挙げた。


 「すごく気持ちよかった。コールマンを決めた瞬間に観衆の声が聴こえて、初めて演技中に鳥肌が立ちました」

 スーパーE難度の手放し技、コールマン(バーを越えて後方抱え込み2回宙返り1回ひねり懸垂)を決めると、2位の米国チームはじめ、会場全体からスタンディングオベーションが沸き起こった。

 最初の床を終えた時点で、出場8カ国中7位と大きく出遅れた。そこからが、新生体操ニッポンの本領発揮。全員がノーミスの演技を続け順位を上げた。5種目めの平行棒を終えて2位。きん差の優勝争いとなった最後の鉄棒が勝負だった。

 「最強メンバーがそろっている。五輪が決まってから長い間みんなで合宿をしたので、自然とチームワークができていきました」と冨田。ルーマニアはセラリウが落下、米国は2人が演技価値点を9・7点に落とす消極策。冨田にも加納監督、森泉コーチから価値点を9・9点に下げる指令が出たが、強気のエースは真っ向勝負。昨年世界選手権個人総合銅メダルの実力で、全選手144の演技中、最高の9・850点をマークし、逆転劇を華麗に完結させた。

 1960年のローマ大会から五輪団体5連覇、世界選手権を含めると世界大会10連覇を達成するなど、「体操王国」と呼ばれた日本。そんな栄光も、政治的な理由で参加しなかった80年のモスクワ五輪を境に低迷期に入る。団体では96年アトランタ大会で屈辱の10位、00年シドニー大会でも4位とメダルを逃した。

 そんな体操ニッポンが、新世代の6人によって、復活した。チーム最年長の塚原でさえ77年(昭和55年)生まれの27歳。かつての栄光など知らない世代だ。冨田も23歳。しかし、世代は変わっても、採点規則が変わっても、「体操の美しさは不変。ひざ、つま先を伸ばす基本を大事に」が合言葉。ジュニア時代は泣きながら、柔軟体操を繰り返し、両足の間にコインを挟んで倒立を反復する基礎練習が、外国審判員が「エレガント」と評する演技を生んだ。

 「久しぶりのゴールドメダルですけど、そういうことは意識せずに、新しい日本をと考えていました。その1ページが開けたんじゃないかな」

 冨田らにとって、この金メダルは復活ではなく、スタートだ。個人総合、種目別でも“新・体操ニッポン”が暴れる。

牧慈


 冨田 洋之(とみた・ひろゆき) 1980(昭和55)年11月21日、大阪府生まれ。23歳。洛南高−順天堂大−同大大学院(2年)。セントラルスポーツ所属。8歳から体操をはじめ、01、02年全日本選手権を連覇。昨年の世界選手権(アトランタ)個人で銅メダル。1メートル66、62キロ。


★コールマン★

 鉄棒のバーを越えて後方抱え込み、2回宙返り、1回ひねり懸垂を繰り出す手放し技。最高難度のスーパーEに認定されている。92年にスロベニアのコールマン選手が発表したことで、この名がついた。

★高校恩師も「すごい」

 冨田らを指導した京都・洛南高の教諭で、体操部顧問の芳村健さんは、試合のために滞在する横浜市内のホテルで徹夜で観戦。「予選で1位だったので、勝つ予感はあった。でも、金メダルはすごいのひと言」と声を上ずらせた。選手にも「先輩のこんな姿を見る機会はめったにない」と、この日だけは特別に観戦を許可。最後の演技で金メダルが決まった瞬間を「感動で鳥肌が立った」と振り返った。

★米田★

 主将が最終種目の鉄棒の1番手など、重圧のかかった役目を見事に務めた。「(最初の)床運動の前は自分を落ち着かせるので精いっぱいだったけど、鉄棒の前は普通でした」。緊迫した場面でも安定感は変わらなかった。「練習通りやれば大丈夫だと思った」。昨年の世界選手権では補欠となり、その悔しさを胸に練習を重ねた努力家。努力の積み重ねを信じ、重圧をはねのけた。

 米田 功(よねだ・いさお) 1977(昭和52)年8月20日、ドイツ・ハンブルク生まれ。26歳。7歳から体操をはじめ清風高−順天堂大。徳州会所属。98年NHK杯、99年全日本学生選手権、03年全日本選手権で優勝。1メートル72、65キロ。


★母はただ涙

 会場では6選手の家族が各所に分かれて声援を送っていた。米田の母・多佳子さん(53)は「虚弱体質を直すために体操教室に入れただけなのに…」と息子の成長にひたすら涙。冨田の母・喜代子さん(50)は表彰式を正面から見ようと報道陣専用席に入ってしまい、外に出そうとする警備員ともめるほどエキサイト。「まだ個人総合があるからがんばってもらいたいです」と個人でのメダルを期待していた。

★鹿島★

 「うれしいという以外にない。何と表現していいのか分からない」と興奮気味だ。昨年の世界選手権では、種目別のあん馬と鉄棒を制した。この日は鉄棒で、金メダルを確実にする9・825点をマークした。頼りになる男は「今までやってきたことが間違いじゃなかったことがうれしい」と実感を込めた。

 鹿島 丈博(かしま・たけひろ) 1980(昭和55)年7月16日、大阪府生まれ。24歳。清風高−順天堂大−同大学院(2年)。セントラルスポーツ所属。3歳から体操をはじめ、95年全日本選手権・種目別あん馬で男子史上最年少優勝。03年世界選手権であん馬と鉄棒で金。1メートル68、62キロ。


★“ビデオ録画係”の母は大阪でバンザイ

 鹿島の母・好恵さんは大阪市阿倍野区の実家でテレビ観戦。“ビデオ録画係”として家族でただ1人、日本に残っての応援だったが、逆転金メダルを決めた最後の鉄棒が終わると「早く『お疲れさま』と声をかけてやりたい」と声を震わせた。金メダルを首にかけた息子の姿には「信じていましたが、半面、どうなるのかドキドキしてました」と笑顔をみせた。

★水鳥★

 ただ一度の出番をきっちりこなした。つり輪の一番手を託され、9・625点の好得点をマーク。満面の笑みをみせた。「日本はつり輪がひとり足りないといわれてたので、重点的に練習してきました。がんばってきたことが報われてよかった」。元体操選手で大工の父・一夫さん(55)が借金して建てた「水鳥体操館」(静岡市)で育った。6人全員が体操選手の水鳥兄弟の二男が金メダルを持ち帰る。

 水鳥 寿思(みずとり・ひさし) 1980(昭和55)年7月22日、静岡県生まれ。24歳。関西高−日体大。徳州会所属。8歳から体操をはじめ、01年ユニバーシアード大会団体2位。02年全日本学生選手権で個人2位。1メートル72、62キロ。


★兄に最高のバースデープレゼント

 静岡市にある水鳥の実家は、兄・静馬さんと後援会メンバー約10人がテレビで応援。この日が27歳の誕生日だった静馬さんは「とにかくすごい」と涙ぐんだ。実家の隣に、父・一夫さんが建てた「体操館」で、兄弟そろって体操をはじめた。弟の集中力の高さを知る兄は、「あいつなら、いつかやると思っていた」と表彰式の雄姿を見つめていた。

★中野★

 予選で高得点を連発し、決勝は床運動だけ出場。9・412点でまとめた。チーム最年少の21歳は度胸のよさが魅力。決勝も「プレッシャーはなくて、自分を信じてやった」とあっさり。日本の長い栄光の歴史も重圧にはならなかった様子。「体操ニッポンとかは考えずに、一丸となって自分たちを信じ合ってやってきた」。新世代が金メダルを手にした。

 中野 大輔(なかの・だいすけ) 1982年(昭和57)年10月10日、新潟県生まれ。21歳。洛南高−九州共立大(現4年)。6歳から体操をはじめ、02年全日本選手権で床1位。03年全日本個人2位。今年のアテネ国際(プレ五輪)で平行棒2位。1メートル63、58キロ。


★九州共立大はお祭り騒ぎ

 中野が在学する九州共立大では、体操部員や大学職員ら約60人が北九州市にある大学構内の視聴覚室でテレビ観戦。未明の逆転金メダルが決まると、教室は総立ち。「やった!」「おめでとう」の歓声が飛び交った。体操部1年の中村愛さんは「普段は陽気で、やるときはやる人。いつもより緊張していたみたいだけど素晴らしい演技でした」と声を弾ませていた。

 ◆加納実・男子体操監督 「勝てるかどうか最後まで分からなかった。28年ぶりですか? 考えもしなかった。勝因はチームワーク。金メダルを取るんだという気持ちが出てきて、一つになった」

★クラブでも母校でも感激の嵐

 米田、冨田、鹿島の鉄棒トリオが中学まで所属していた大阪市阿倍野区にあるマック体操クラブ・田村操吉コーチ(36)はかつての教え子たちの活躍に目を細めた。「3人には安定感があったし金メダルが決まった瞬間は鳥肌が立ちました」と笑顔。同クラブの教育方針は徹底的な基本練習。「子供たちには“ひざとつま先をしっかりのばしたから金を取れた”と伝えたいです」と田村コーチは声を弾ませた。

 鹿島、米田の母校・清風高(大阪市)も万歳三唱だ。学校関係者は感激ひとしお。早朝から取材陣と祝電と花束が押し寄せた。高体連の体操部長を務める平岡英信校長は「ルーマニアの選手が落下した時点で金メダルが取れると思った。朝6時からお祝いの電話が10件ぐらいかかってきました」と喜んだ。同校のOBは60年のローマ大会以来9大会連続で五輪に出場し、今回の体操総合の金で獲得金メダルは9個目になった(銀は6個、銅が14個)。

★6−3−3制★

 体操の男子団体総合決勝の競技方式。チーム登録6人のうち、各種目3人が演技し、その3人の全得点がチーム得点となる。登録6人のうち5人が演技して上位4人の得点を合計する「6−5−4制」で行われる予選とは違って、大きなミスが一人でも出ると致命傷となる。

★どうなる個人戦★

 7大会28年ぶりの団体総合王座奪回で波に乗る日本は、勢いも新たに18日の男子個人総合決勝、22、23日の種目別決勝で金メダル量産に挑む。

 出場選手は14日の団体総合予選の結果でそれぞれ決まり、個人総合はエース冨田、主将の米田が84年ロサンゼルス大会優勝の具志堅幸司以来となるメダル獲りに臨む。特に冨田は今大会に入ってあん馬、つり輪、平行棒、鉄棒に安定感があり、床運動を無難にクリアすれば優勝候補のP・ハム(米国)の牙城を崩すことは十分に可能だ。

 種目別決勝で最も金メダルに近いのが、昨年の世界選手権覇者の鹿島が出場するあん馬。また、21歳の最年少で伸び盛りの中野は3種目に出場し、平行棒では冨田、鉄棒では米田とともに表彰台の中央を目指す。個人総合、種目別決勝ともに、団体総合予選からの得点は持ち越されない。

★視聴率も金メダル級

 NHK総合で17日午前0時すぎから中継放送され、日本勢が金メダルを獲得した体操決勝・男子団体総合などの平均視聴率は関東地区で9・4%に達したことが同日、ビデオリサーチの調査で分かった。午前0時以降の深夜帯では、15日に北島康介が金メダルを獲得した競泳男子平泳ぎ100メートル決勝(TBS)の平均視聴率10・0%に迫る注目度だった。

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