山本構想崩壊…高原のOA招集に医学委員会「NO」

高原直泰 山本構想崩壊…。サッカーの日本五輪代表が14日、チュニジア五輪代表に0−1で惜敗した。試合後には、オーバーエージ(24歳以上)での招集が確実だったFW高原直泰(25)=ハンブルガーSV=について、日本サッカー協会・スポーツ医学委員会が「相当のダメージをこうむる可能性がある」と招集回避を勧告していることが判明。山本昌邦監督(46)にはダブルパンチ。16日の最終メンバー発表を前に、山本ジャパンが風雲急を告げてきた。〔写真:石垣島合宿では高原の合流を喜んでいた山本監督。招集回避は五輪構想の崩壊を意味する

 順風満帆だったアテネへの航路が、大しけの気配を漂わせてきた。山本ジャパンの核として期待された高原の招集が、暗礁に乗り上げた。

 「これまで本人の気持ちを尊重と言っていたが、万が一のことがあったら困る。僕としては、医学委員会の意見を尊重せざるを得ない」。日本サッカー協会・川淵キャプテンが、チュニジア戦直後に沈痛な面持ちで明かした。

 試合後、川淵キャプテンはロッカールームに駆けつけた。この日までにスポーツ医学委員会が高原の現状を説明。結果は「3カ月しっかり治さないと、相当なダメージをこうむる可能性がある」というものだった。川淵キャプテンは13日夜に、田嶋技術委員長と「ものすごい長く」(同キャプテン)会談。14日朝には医学委員会委員長の青木治人氏(61)と電話会談し、この日、山本監督に伝えた。

 5月下旬のA代表英国遠征で、肺動脈血栓塞栓症を再発させた高原。3カ月とは、8月末まで完治にかかることを意味する。つまり五輪は無理。ドイツ側の医師の「問題ない」との見解で楽観視されていた招集が、回避せざるをえない状況になった。

 川淵キャプテンは当然、日本の医学委員会の意見を尊重する構えで「危険が相当高いなら、本人がそれでもいいと言っているんだからでは済まない」と、強行招集の決断は難しいという。

 まさに“山本構想崩壊”の危機だ。99年世界ユース選手権、00年シドニー五輪とともに歩んできた“師弟”。病気発症後も、代役のオーバーエージ選手を登録することなく回復にかけてきた。02年日韓W杯前の病気初発症直後、Jリーグで得点王に輝いた不屈の精神、そして世界経験。ピッチ上の活躍はもちろん、五輪世代に足りないものをすべて持つ、手本と考えてきた。

 石垣合宿では毎日の練習後、2人でニコヤカにパス回しする光景が見られた。まさにキャッチボールする親子の風情。山本監督は、キャプテンに「協会の判断に従う」としながらも、「本人を納得させないと」と招集断念の即決は避けた。“奇跡”にかけるほど信頼は厚い。

 五輪本大会でも、準決勝で戦う可能性があるチュニジア相手に、3月14日のバーレーン戦以来の完封負けを喫した。先発FW陣のシュート数はゼロ。本番を前に大きな課題を残した。16日に発表される五輪最終メンバー。もう時間はない。

★高原の病状経緯

 ◆5月26日 日本代表・英国遠征中に胸の違和感を訴える

 ◆28日 英マンチェスター市内の病院で、肺動脈血栓塞栓症を再発していたことが判明

 ◆31日 療養のためフランスへ

 ◆6月9日 高原を診断したHSVのチームドクターが「8月の初めには練習に合流できるだろう」と明言

 ◆11日 日本に帰国

 ◆15日 静岡・草薙球場でプロ野球の横浜−巨人戦を観戦。「ボチボチ体も動かしている」

 ◆23日 テレビに生出演。「(五輪出場は)はっきり言って大丈夫です」

 ◆7月2日 清水市内で行われたユース世代育成のイベントに特別参加。小中学生とともに汗を流した

 ◆7日 沖縄・石垣島で行われた五輪サッカー男子日本代表候補合宿に合流

 ◆14日 HSVでのメディカルチェックのため離日

★最終登録メンバーは18人

 15日に山本監督以下スタッフが選考会議を開き、五輪最終登録メンバー18人を最終決定。16日に正式発表される。18人(小野、高原が選ばれた場合は2人を除く)+バックアップGK1人は、19日に韓国入りして21日に韓国戦(ソウル)。帰国後、25日に豪州戦(長居ス)、30日にベネズエラA代表戦(国立)に臨む。8月2日にドイツ・ニュルンベルクへ出発して直前合宿に突入。8月9日前後にギリシャ入りし、本大会初戦、12日のパラグアイ戦に向けて準備を進める。


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