“闘将”の雄たけび、鈴木が魂の2点目
アテネ五輪アジア最終予選B組第2戦(3日、UAE・アブダビ)日本4−0レバノン。“闘将”の雄たけびがピッチに響き渡った。前半33分、チームを牽引する主将のMF鈴木が、勝利を決定付ける2点目を決めた。
「チームで点を取りに行く感じだった。自分が点に絡めてよかったです。死に物狂いで行かないと難しいと思っていた。最初から全力で、いい形で入れたと思う」
償いともいえる右足の一撃。昨年10月の香港A代表戦。鈴木は前半36分までに2度警告を受け、退場となった。チームは1−0辛勝。「そこまで激しいプレーだとは思わなかったけど、これがアウエー。チームメートにも迷惑をかけた。この経験は最終予選に生きてくる」と前を向いた。
バーレーン戦の翌日には選手だけで自主ミーティングを開いた。「もう1回、ボクらのサッカーをしよう。どんな相手でも気持ちを強く持とう」とゲキを飛ばした。
憧れは浦和時代に主将を務めたフェイエノールトMF小野伸二。プレースタイルは異なるが「ボールを持ったときの落ち着きとか、視野の広さとか、ボクにとってはすべてがお手本です」と師と仰ぐ。今もメールでアドバイスをもらう。
小野が6月に帰国したとき、一緒にビリヤードを楽しんだ。11月にナビスコ杯で初優勝を飾ったときも「頑張ったな」と祝福メールをもらった。先輩から“主将魂”を注入され、新たなモチベーションに変えた。
海外思考が強く、将来的にセリエAやスペインでのプレーを希望。だが、安易な海外移籍はしない。「海外に行っても出られなきゃ意味がない。オランダとかフランスでステップアップしていけるのが理想」と世界のトップリーグ移籍を避けた先輩と同じ道を目指している。
小野は99年7月、00年シドニー五輪アジア1次予選フィリピン戦で左ひざ内側側副じん帯を断裂。本大会出場を逃した。先輩がたどり着くことができなかった舞台への距離を自らのゴールで近づけた。
〔写真:MF鈴木=右=が前半33分に2点目ゴール。小野2世が雄たけびだ。左は石川=撮影・塩浦孝明〕
★鈴木 啓太(すずき・けいた)
1981(昭和56)年7月8日、静岡市生まれ。22歳。東海大翔洋高から00年浦和入団。昨季浦和では29試合1得点、チーム初優勝となったナビスコ杯優勝に貢献した。02年アジア大会では全試合に出場。今季五輪代表5試合はすべて出場。不動のボランチとしての地位を確立した。五輪代表通算20試合2得点。1メートル77、67キロ。 |
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★ゴルフの室田も興奮、ドバイのトーナメントへ力
男子プロゴルフの室田淳(48)が、レバノン戦を観戦。目の前でゴールシーンを目撃し「点が入ったし見に来てよかったよ」。日韓W杯もスタジアムに見に行ったというサッカー好きで「代表戦は見てて楽しいからね」と満喫。4日開幕のドバイ・デザート・クラシック出場のため滞在先のドバイから応援に駆けつけたが、「元気をもらったよ」と笑顔だった。
★UAE戦騒動もあって厳戒ピリピリ警備
日本vsレバノンには約100人のUAE軍治安部隊が配備された。1日の第2試合・UAEvsレバノンでは、レバノン選手と観客がペットボトルを投げあう大暴動が起きたため、万全を期した措置。試合前には全員が集合し、厳重警備を徹底するミーティングを行うなどピリピリムードが漂った。
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