3大会連続出場の杉谷泰造−馬術界の武豊、いざ出陣!

杉谷泰造 日本馬術連盟は15日、都内で理事会を行い、4人のアテネ五輪代表を選出した。現在、国別出場枠を得ているのは障害馬術のみ。同種目で戦後初の入賞を狙うのが、3大会連続出場の杉谷泰造(27)=杉谷乗馬クラブ=だ。華麗な一族で育った男が、低迷の続く馬術界に新風を吹き込む。また、渡辺祐香(36)=ヤマハつま恋乗馬倶楽部=が、障害馬術で初の女性代表に選ばれた。〔写真右:馬術界の“サラブレッド”、杉谷。目指せ、天才武豊=撮影・佐久間賢治。同下:3大会連続で五輪出場となる杉谷=写真はシドニー大会=共同

★3代目の“サラブレッド”

 日焼けした顔に、白い歯が並ぶ。オランダを拠点に活動する杉谷に、3大会連続五輪出場の朗報が届いた。

 「上を、上を見ていかなくちゃいけない。出るだけじゃなくて、成績を残したい。まずは1ケタを目指します」

 経験が大きく左右し、40代で脂が乗るともいわれる馬術にあって、20歳でアトランタ五輪に初出場。シドニー五輪では決勝ラウンド進出し、昨年9月のイタリアで国際大会制覇と着実に実績を重ねている。実家は創業40年の杉谷乗馬クラブを経営。母方の祖父・河口宏一さんはストックホルム五輪(メルボルンと共催)の大障害に出場。父親・昌保さんもメキシコから3大会連続で障害馬術の代表。3代目の“サラブレッド”は、28歳で父の出場回数に並んだ。

杉谷泰造 ★小学生の時、JRAを袖に

 馬術選手を志したのは小2のとき。高学年になって身長が伸びず、中央競馬会の役員から騎手になることを勧められた時期もあった。だが、泰造は「『ボクは乗馬の発展に尽くしたい』と断りました。小学生なのに、よう言いましたよね」と苦笑い。18歳からオランダに拠点を置き、ヘンク・ノーレン厩舎の門を叩いた。世界一の呼び声が高いトレーナーのもと、現在も約30頭の競走馬の世話しながら生活。そこで今大会のパートナー、「ラマルーシー号」にも出会った。

 確かな血脈と経歴は、まるで中央競馬の天才騎手・武豊を思わせる。昌保さんは父・邦彦調教師と親交があり、弟の幸四郎は実家の乗馬クラブを訪れている。関係深い武一族の存在はうらやましく、そして目標でもあるのだ。「注目された方がいいし、そのきっかけをつかまなくちゃいけない。五輪は4年に1度のアピールの場ですからね」。戦後初の入賞を果たしたとき、馬術界の“武豊”となる。

★杉谷 泰造(すぎたに・たいぞう)
 1976(昭和51)年6月27日、大阪・和泉市生まれ、27歳。小学校から高校まで兵庫・神戸市のカナディアンアカデミーに通い、18歳の94年からオランダに拠点を移す。馬術は6歳から本格的に始め、96年アトランタ五輪から3大会連続出場。昨年のイタリアの国際大会、CSIピネロロ大会を制した。家族は父・昌保さん、母・イクリさん、妹・美貴子さん。1メートル70、63キロ。

◆馬術・日本代表◆
氏 名 所属
▼障害飛越
小畑 隆一 ユーロ・ジャパン
ホーストレーディング
49
杉谷 泰造 杉谷乗馬ク 27
林   忠義 北総乗馬ク 36
渡辺 祐香 ヤマハつま恋乗馬ク 36
【注】個人、団体とも出場

★小畑 隆一(おばた・りゅういち)
 1955(昭和30)年2月9日生まれ、大阪府出身、49歳。76年モントリオール、84年ロサンゼルス五輪代表。大阪・泉北高からユーロ・ジャパンホーストレーディング。1メートル77、71キロ。

★林 忠義(はやし・ただよし)
 1968(昭和43)年3月1日生まれ、千葉県出身、36歳。00年シドニー五輪、02年釜山アジア大会代表。千葉・多古高から北総乗馬ク。1メートル78、68キロ。

★渡辺 祐香(わたなべ・ゆか)
 1967(昭和42)年8月26日生まれ、静岡県出身、36歳。東海大からヤマハつま恋乗馬倶楽部。1メートル50、43キロ。

★アラカルト

 ◆馬産地 世界一の場産地はドイツで、1年間に約4万頭を生産。そのほとんどが乗馬用で、価格は新馬で5000万円を超える。日本は世界3位だが、9割は競馬用のサラブレッド

 ◆競技人口 現在、日本馬術連盟の会員は約6500人。海外を拠点にしているのは、今回の五輪候補にあがった9選手だ。年齢層は10代から60代まで幅広く、一般的には30代から40代までが円熟期

 ◆活動資金 五輪を除き、馬術選手の資金は個人負担。各選手はスポンサーやマネジメント会社との契約料などでまかなっている。また、欧州の国際大会は賞金レースで、5つ星のCSIOローマ大会は1位賞金が14万ユーロ(約1875万円)

★ルール

 アテネ五輪では馬場馬術、障害馬術、総合馬術の3種目が行われる。日本人選手が出場する障害馬術は、馬場内の障害物を過失なしに飛び越す競技。障害物を飛越する順番は決まっており、最大4点の減点が少ない選手が上位となる。馬場馬術は長方形の馬場内で常足(なみあし)、速足(はやあし)、駆足(かけあし)の運動を競う。総合馬術は3日間に渡り、馬場馬術、野外騎乗による耐久競技、障害飛越競技の総合成績を争う。

★世界の勢力

 日本が代表選手を送り込む障害馬術は、欧州勢が上位を占める。前回シドニー団体金のドイツが世界ランク1位、続いて2位・オランダ、3位・ベルギー、4位・スイスと続く。さらに昨年の世界選手権を制したフランス、同大会で銀メダルの米国も侮れない。また、ブラジルは世界トップレベルのロドリコ・ペソラが引っ張り、シドニー銅の再現を狙う。

★五輪日本史

 日本馬術連盟の前身、日本乗馬協会が発足したのは1928年。五輪には28年のアムステルダム大会で初めて選手団を結成、今回のアテネ五輪大会まで16大会に出場している。唯一のメダリストは、32年ロサンゼルス大会の男爵・西竹一陸軍中尉。ウラヌス号とのコンビで、大障害の金メダルに輝いた。その華麗な飛越に、会場からは「バロン(男爵)・ニシ!」のコールがこだました。


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