サンスポ五輪競技担当記者、バンク走行に挑戦!
ひぇ〜、こんなにキツイとは!自転車五輪代表の壮行会を兼ねた「サイクルスポーツフェスティバル」が23日、東京ドームで行われた。会場には1周400メートルのトラックを設置し、五輪出場選手が模擬レースに参加した。そこで、サンスポ五輪競技担当記者のわたし、佐久間賢治(29)がバンク走行に挑戦。不摂生で痛めつけた体をユニホームに包み、悪戦苦闘のガチンコ体験リポートへ出陣してみましたが…。〔写真右:く、苦しい…。酸欠状態でバンクにへたり込んだ、わたし佐久間です。同下:とうとう最後まで傾斜に上がれず、情けない=撮影・藤原重信〕
★最大傾斜角度29・3度
な〜に、学生時代は自転車通学だったんだ、と腹に力を込めて、初めてバンクに足を踏み入れた。な、なんだ、こりゃ!
スタンドから見た光景と明らかに違う。最大傾斜角度は29・3度、頂上部は2階席に差し掛かっている。視界に入るのは巨大な“カベ”だ。「45度くらいのバンクもあります。傾斜はあるけど、滑りませんよ。恐怖心を持つと、体重が前にかかって危険です」。日本競輪学校・大池新次教務課長(46)に指導を仰ぎながら、1周目。傾斜を上がろうにも手が震え、サドル操作は不安定に。体勢を立て直すだけで、アッという間の400メートルだった。
ラスト1周。今度はバックストレート手前で、ペダルをこぐ足に力が入らない。しまった。前夜のアルコールが響いたのか。普段はエネルギー源なのに、この日ばかりは毒薬だ。最後は息も絶えだえ、フラフラでゴールイン。「なに、30周も走れば慣れますよ」と大池課長。競輪学校卒業生の伏見、長塚、井上選手らは1日に150周を走ることも。「素質もあるけど、努力なくしてトップにはなれないんです」。中年太り間近の記者には、耳の痛い限り。模擬レースでの華麗な走行に、トホホ…と頭をひれ伏しました。(佐久間賢治)
★五輪日本史
日本では明治初期に自転車が広まり、1934年に自転車サイクル競技連盟が創立。戦後には日本プロフェッショナル自転車競技連盟と、日本アマチュア自転車連盟が分裂。プロでは、中野浩一が86年に世界選手権・プロスプリット10連覇。アマは52年ヘルシンキ大会から五輪に出場、坂本勉が84年ロサンゼルス大会の男子スプリットで銅メダルに輝いた。95年にプロとアマが一本化し、日本自動車競技連盟を設立。翌96年アトランタ大会では、十文字貴信が1キロタイムトライアルの銅メダルを獲得した。
★世界の勢力
自転車発祥の地である欧州勢がトラック、ロードでは上位。フランス、英国、ドイツが全種目で第1グループを形成、トラックでは豪州、米国、スペイン、ギリシャ、ロードではスイス、イタリア、オランダが続く。日本はスプリットで、ベスト10のレベル。また、MTBは米国、豪州が争っている。
★ルール
五輪の自転車競技はトラックレース、ロードレース、MTBクロスカントリーに分かれる。短距離トラックは個々の完走タイムを競うタイムトライアル(男子が1キロ、女子は500メートル)、2〜4選手が同時にスタートして着順を競う個人、団体スプリント、5〜8選手がペースメーカーについて2000メートルを走るケイリンが行われる。中・長距離トラックの種目は個人、団体の追抜競争。2選手がホームストレッチとバックストレッチからスタートし、所定の距離(男子4キロ、女子3キロ)のなかで追い抜く。ロードは一般道を使ったレースで男子224.4キロ、女子118・8キロの個人ロード、男子48キロ、女子24キロの個人タイムトライアルの2種目。MTBクロスカントリーはオフロードを、マウンテンバイクで走る
★佐久間 賢治(さくま・けんじ)
1974年生まれ、1998年入社。青山学院大卒。高校時代に野球部マネジャーを経験。格闘技、日本ハム、アマ野球、巨人、マリナーズを担当。今年1月からロッテを取材し、2月の鹿児島キャンプ終了とともに五輪担当へ異動。社内では“出張費ドロボー”の声もあるが、年俸は同じ74年生まれの松井秀喜と比べて160分の1…。 |
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