競輪トリオが歴史つくった! 胸張る世界2位

長塚、伏見、井上 自転車ニッポンの本領発揮だ! 男子チームスプリントで競輪選手3人で固めた日本(長塚智広、伏見俊昭、井上昌己)は決勝で44秒246でドイツに敗れたが、日本として五輪史上最高となる銀メダルを獲得した。同競技でのメダル獲得は96年アトランタ五輪の男子1000メートルタイムトライアルで3位になった十文字貴信以来、3度目の快挙だ。〔写真:日本初の銀メダルを獲得した、手前から長塚、伏見、井上。抜群のチームワークでアテネのバンクを疾走した=撮影・尾崎修二



 競輪界の若手トリオが日の丸を背負って1周250メートルのアテネのバンクを疾走した。ドイツとの決勝戦。スタンドからの「ニッポンコール」を背に、一走の長塚、二走の伏見、最終走の井上が懸命にペダルを踏む。井上がわずかに遅れてゴール。金メダルは惜しくも逃した。しかし、これまで銅メダルが最高だった日本に、悲願の初の銀メダルをもたらした。

 「競輪は日本一決定戦だけど、五輪は世界一を決める舞台。そこで、まさかメダルとは」。リーダー格の伏見が興奮する。快進撃だった。「欧州の強豪には苦戦必至」という予想を覆し、全体の3位のタイムで予選を通過。8チームによる1回戦では、オランダに快勝し、タイムは今年の世界選手権王者のフランスを上回って、2番目のタイムをマークした。世界最強ドイツとの戦いにこそ敗れたが、胸を張れる世界2位だ。

 「こんな結果が出るとは思わなかった」とムードメーカーの長塚が笑う。五輪本番前に急成長した姿を、見せつけた。250メートルを18秒412と世界一のダッシュを誇る長塚。今年の競輪ダービーを制した第一人者・伏見。チーム3人のうち2人は固定したが、本業競輪との両立は難しく、あと1人は常に流動的だった。コンビネーションが第一のチームスプリント。世界を転戦しても、成績は安定しなかった。

 本番2カ月前の6月9日に、最後に選ばれたのが伸び盛りの井上だった。メンバーが固まり、7月に米コロラド州で約1カ月に渡って合宿した。「こんな長い合宿は経験がない」と伏見。マラソンの合宿地でおなじみだが、自転車では画期的。酸素が薄い標高1800メートルの高地での練習は過酷を極めた。3人の体力は見違えるようにアップ。心もひとつになった。

 「腰痛に苦しんだが、やるしかなかった」。五輪直前、過労から井上の腰痛が悪化した。前日20日の1キロタイムトライアルを欠場した。チームのため、個人のメダルをあきらめた。痛み止めの注射を打って臨む井上の姿に、長塚、伏見が心を動かされ、一段と結束を固めた。

 日本で生まれた競輪が「ケイリン」となって、五輪種目までになった。「五輪のメダルはお金にかえがたいものがある」と長塚。高収入が約束されている本業の競輪を離れ、名誉だけを求めて挑んだアテネで、自転車ニッポンの面目躍如。若者たちの果敢なチャレンジは、銀色のメダルとなって光り輝いた。

★長塚 智広(ながつか・ともひろ)
 1978(昭和53)年11月28日、茨城県取手市生まれ。25歳。取手一高卒。98年に競輪学校第81期生としてプロデビュー。00年の『チャレンジ・ザ・オリンピック』で、250メートルを18秒412のタイムをマーク。同年のシドニー五輪に出場し、オリンピックスプリント5位。1メートル81、82キロ。


★伏見 俊昭(ふしみ・としあき)
 1976(昭和51)年2月4日、福島県白河市生まれ。28歳。白河実業高卒。95年3月に競輪学校第75期生としてプロデビュー、主な獲得タイトルは01年KEIRINグランプリ、04年全日本選手権。00年シドニー五輪は最終代表選考で落選、02年のW杯第5戦では1キロタイムトライアルで1分02秒158の日本記録を樹立した。1メートル81、80キロ。


★井上 昌己(いのうえ・まさき)
 1979(昭和54)年7月25日、長崎市生まれ。25歳。福岡・筑陽学園高卒。01年に競輪学校第86期生としてプロデビュー。02、04年の世界選手権代表。04年アジア選手権では1000メートルタイムトライアル、チームスプリント優勝。1メートル78、79キロ。


★自転車・チームスプリント★

 3人の選手が1組となり、1周回ごとに所定のライン内で交代してレースを行う。各選手は1周ずつを走りぬき、最後の第3走者がゴールしたタイムで勝敗を決める。

★日本の自転車史★

 日本では明治初期に自転車が広まり、1934年に自転車サイクル競技連盟が創立。戦後には日本プロフェッショナル自転車競技連盟と、日本アマチュア自転車連盟が分裂。プロでは中野浩一が、86年に世界選手権・プロスリット10連覇。アマは52年ヘルシンキ大会から五輪に出場、坂本勉が84年ロサンゼルス大会の男子スプリットで銅メダルに輝いた。95年にプロとアマが一本化し、日本自動車競技連盟を設立。翌96年アトランタ大会では、十文字貴信が1キロタイムトライアルの銅メダルを獲得した。00年シドニー五輪では長塚智広、神山雄一郎、稲村成浩で男子チームスプリントに参加。予選を45秒406の日本新記録で通過。1回戦でも45秒264の日本新記録を出したものの5位に終わった。

★報奨金もタンマリ

 伏見は平成13年の競輪賞金王、井上、長塚も競輪界トップのS級1班にランクされており、五輪による欠場期間の補償金として、すでに日本競輪選手会からは1人につき2000万円が出ている。また、96年アトランタ五輪の個人種目1キロタイムトライアル銅メダルの十文字貴信は、JOCからの100万円に加え、各種の自転車、競輪団体から合計約5500万円もの報奨金が出た。チームの今回も1人2000万円以上のボーナスは確実。


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