リレーインタビュー(6)
丸山茂樹−「リスペクト」の土壌をつくりたい
全米プロゴルフ選手権、NEC招待(いずれも米国)と大きな試合が続いた上、時差もあって、今回のオリンピックは、なかなか見る機会はなかったけど、日本選手の活躍は米国にも届いていますよ。
代表選手は「日の丸」を背負っての戦い。ボクがプロゴルファーとして「日本人」というか、「日本代表」ということを意識したのは、98年12月に豪州のロイヤルメルボルンGCで行われたプレジデンツカップに出場したときかな。
これは、2年ごとに行われる米国選抜対世界選抜のチーム戦。ボクは世界選抜のメンバーに選ばれて出たのですが、当時はまだ、海外では日本のゴルフのレベルがほとんど理解されていないのが実情。そこで、何とか日本のゴルフを世界にアピールするためにも、必死で頑張ったことを憶えています(5戦5勝で世界選抜の勝利に貢献)。
00年から日本を離れ、米ツアーに参戦。結果も出せるようになり、米国では「スマイリング・アサシン(笑顔の暗殺者)」なんていうニックネームももらいました。米ツアーのコースは設定が過酷なので、バーディー1つが本当にうれしい。だから自然と笑顔になる。ボクは、うれしさを素直に表現しただけなのに、外国人から見ると、日本人は明るく笑うというイメージがないみたい。だから、余計に目立ったのかもね。
今は日本代表というより、個人として戦っているという気持ちの方が強いけど、日本で見ているジュニアゴルファーには、常に米ツアーで頑張っている姿を見せたいという意識はあります。
これは米国に来て、一番感じたことなんだけど、米国に比べ、日本では、子供とプロスポーツ選手が接するチャンスが少なすぎる。小さいときにトップ選手と接すれば、「いつか自分も!」という気持ちになるし、教えてくれた選手を応援したくなるでしょ。だからボクも日本で何かできれば…と、00年から「丸山茂樹ジュニアファンデーション」を開催したり、ホームコース(栃木・ファイブエイトGC)ではジュニアのプレー費を無料(食事代など実費)にするなど、より多くの子供たちにゴルフの楽しさを知ってもらおうと思っているのです。
米国では、タイガー・ウッズをはじめ、多くの選手が自らファンデーション(基金)を作り、底辺拡大のため、ジュニア育成に力を入れている。それが、米国の人々がみな、スポーツ選手をすごくリスペクト(尊敬)する理由の一つにもなっているんじゃないでしょうか。ボクも尊敬される存在になれるよう、努力していきます。
(取材構成・菅沼克至、宮下幸恵)
| ★丸山 茂樹(まるやま・しげき) 1969(昭和44)年9月12日、千葉県生まれ。34歳。10歳でゴルフを始める。日体荏原高から日大を経て、92年プロ転向。日本ツアー通算9勝。00年から米ツアーに参戦し、昨年まで4年連続賞金シード獲得。01年「グレーター・ミルウォーキーオープン」など同ツアー通算3勝。02年「全英オープン」5位、04年「全米オープン」4位。米ロサンゼルス在住。家族は夫人と1男。1メートル69、72キロ。 |
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