日本は銅、メダル総数史上最多の33個に

  野球の3位決定戦で、日本はカナダを11−2で破り、銅メダルを獲得した。日本は銀メダルの96年アトランタ大会以来2大会ぶりのメダル獲得。一回に城島の2ランで先制した日本は、三回には3四球と3安打で4点をあげるなど、優勢に試合を進め、先発の和田毅が好投。四、五回に1点ずつを失ったが、八回にも3本の二塁打などでダメ押しの4点を奪い圧勝した。日本のメダル総数はこれで金15個、銀8個、銅10個の計33個となり、84年ロサンゼルス大会の32個を抜いて史上最多となった。

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写真:カナダに勝利し銅メダルを獲得、万歳する日本ナイン=野球センター(共同)



 完全燃焼した。悔いはない。声には力がみなぎっていた。「誰1人として手を抜いた人間はいない。メダルの色は金と違うが、胸を張って帰ろうと思う」。アテネで過ごした28歳の夏。城島は情熱をバットに込め、3安打4打点の活躍で日本を銅メダルに導いた。

 一回二死一塁。元近鉄のジョンソンが投じた2球目だった。シュート回転で甘く入った直球。打球は左中間に弧を描き、重苦しさを吹き飛ばす先制2ランとなった。

 金メダルを目標に掲げた「長嶋ジャパン」。4番の重さは計り知れない。正捕手としても上原、松坂ら球界屈指の好投手を生かすも殺すも城島次第。眠れずに胃がキリキリと痛む日が続いた。

 金メダルの夢が途絶えた24日のオーストラリア戦は、走者を2度置いた場面で凡退。「負けたのは自分の責任」。悔し涙を流したが、歩みを止めるわけにいかなかった。

 「僕は子どもたちの夢とか、メダル以上のものを背負って闘ってきた」。抜群の長打力と勝負強さと明るいキャラクター。データに偏らずに感性を重視したリードで従来の捕手のイメージを一新した。ファンの期待は絶対に裏切れなかった。

 五輪を夢見た時期があった。高校3年冬。最終的には王監督に口説かれてダイエー入りしたが、大学進学を志した理由のひとつが五輪だった。プロ10年目で新たな勲章と大いなる自信をつかんだ。「五輪で自分は確実に成長できた」

 「世界の王」に鍛えられた力を「ミスタープロ野球」のため、多くのファンのために発揮した。長嶋監督の言葉が思い出される。「彼は勝負師なんだよ」−。(共同)


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