【マラソン】土佐タイムは文句なし−「代表?選ばれたい」

土佐礼子 粘った。勝った。最後の五輪代表選考レースは、01年世界選手権銀メダリストの土佐礼子(27)=三井住友海上=が2時間23分57秒で、主要大会初優勝を飾った。31キロすぎに、一度は田中めぐみ(28)=しまむら=に大きく遅れながらも、驚異の粘走で、追い付き、残り4・7キロで大逆転V。選考4レース中の最速タイムでの優勝で、代表の座に大きく近づいた。〔写真左:アテネへの夢に向けてガッツポーズでゴールテープを切る土佐。同下:選考会最高の優勝タイム2時間23分57秒の掲示に、手応えアリだ(撮影・川村寧)

 大きく口を開け、顔をゆがめて、走る。サングラスの下で泣きながら、足を運んでいるように見えた。それでも離れなかった。追い付いた。そして抜き去った。本領発揮の粘りで、土佐が最高に劇的な勝利を飾った。

土佐礼子 「前に見えるうちは、まだチャンスはあると思って。自分でも驚いてる」。すべて使い果たしたゴール後、月桂冠が頭からずり落ち、ようやく笑顔が出た。

 脱落しかかった。トップ集団を引っ張り迎えた31キロすぎ、ペースが上がった田中に離された。誰もが思った−「土佐は消えた」。だが、ずっと後ろに小さく見えていた。35キロ地点で11秒、約40メートル差。「マラソンは最後まで分からない。ラスト勝負と思った」。苦しそうに体を揺らし粘った。ピタリ食い付く。再び大きくなる姿。残り4・7キロでついに、逆転した。

 02年4月14日ロンドン以来700日ぶりのマラソン。この日のレース展開そのままの2年間だった。右足首を痛め、昨年1月の大阪国際を欠場。同夏の世界選手権で代表キップを得る道は閉ざさされた。同11月の東京国際でのキップ獲りを狙ったが、左足首故障で断念。冬も右かかと故障の影響で30キロまでしか走り込めなかった。アテネの女神の背中から、限りなく引き離され迎えたラストチャンス。気迫と粘りで、振り向かせた。

 チームの後輩にテレビゲームのテトリスで負けるとすごく悔しがる。好物のおいしいパンを探し、あちこち食べ歩く。勝利への執着と妥協しない追求心が、走りの源。「代表? 選ばれたいです。待ちたいです」。アテネの難コースでも勝負できる力は見せた。レース運び、選考レースで最速の優勝タイム…。落選の理由は少ない。あとは“その時”を待つだけだ。

結城正

★監督も感激

 三井住友海上の鈴木秀夫監督(51)は、ゴールで土佐を待ち受けると、支えるように抱き寄せた。土佐が田中から離された時点で声をかけ、地下鉄に乗った。「考えてもしようがない」と居眠りしながら、ゴールの競技場入り。「逆転したところは、夜、酒を飲みながらゆっくり(ビデオを)見ます」。代表選考については、「これだけ頑張って選ばれなかったら、やりきれない」と、力を込めていた。

鈴木博美の目
 土佐さんには感動しました。経験を生かした、粘りの走りでした。ここ2年間けがで苦しんでいたのに、意地ですね。評価できるのは、まず前半から先頭に立って自分でレースをつくったこと。そして優勝して、タイムも選考会でいちばん良くて、しかも後半のほうが速かった。世界選手権で銀メダルを獲ったり実績もあります。

 一度離れたのに勝負どころで抜き返したのもすごい。アテネ五輪のコースは上り下りが多いので、あきらめたらダメ。粘りが大事です。五輪ではきょうの土佐さんみたいな走りが必要なんです。これだけパフォーマンスを見せて選考から落ちるなんて考えたくないです。

 3人の枠に対して選考会が4つもあるから、みんなが納得できる選考はできないでしょう。陸連は坂本さんと土佐さんを比較してるんじゃないでしょうか…。大阪国際での坂本さんは、前半スローペースで後半急激にペースを上げたけれど、これを五輪で生かせるかどうか。五輪にはラドクリフ(英国)が出てきますからね、前半から飛ばす可能性があります。

 あとは高橋さんだけど、彼女も実際走ったら強いと思います。次はちゃんと調整するでしょうし。でも、これは走ってみないとわかりません。もし選ばれたら、荷が重いでしょうけど、それが選手というものです。

97年アテネ世界選手権女子マラソン金メダリスト。現姓・伊東

土佐 礼子(とさ・れいこ)
 1976(昭和51)年6月11日、愛媛・北条市生まれ、27歳。家族は父・逸朗さん(54)、母・ひな子さん(54)と姉2人。1メートル67、45キロ。

 ◆競技歴 中学まではバスケットボール部。陸上選手だった両親の影響で松山商高から陸上を始める。松山大時代は4年時のインカレ5000メートル12位が最高だった

 ◆ブレーク 松山商高陸上部の竹本英利監督が三井海上・鈴木秀夫監督の順大時代の後輩。そのつてで99年に三井海上に入社。同年6月のボルダー合宿でマラソンへの適性を見せ、世界ハーフマラソンで6位入賞

 ◆惜敗続き 実質初マラソンの00年名古屋国際では高橋尚子に敗れて2位。01年エドモントン世界選手権ではリディア・シモン(ルーマニア)に最後競り負けて銀メダル。02年ロンドンでは自己ベストをマークしたが、優勝したポーラ・ラドクリフ(英国)には序盤であっさりちぎられた

 ◆ゲンかつぎ 高校時代から必勝祈願に訪れている愛媛・松山市の椿神社のお守りをパンツに縫い付けて走っている

 ◆近眼 視力は左右とも0・05。ソフトコンタクトレンズが曇って、タイムが確認できないまま走ったことも

★田中「やっちゃった」

 残り5キロで田中めぐみの勝利のシナリオが暗転した。35キロ手前でスパートし、一時は11秒差をつけた土佐に逆転を許して2位。「(土佐が)後ろから来ていたのは分からなかった。並ばれたときもバイクが来たのかと思った」。

 あさひ銀行(現りそな銀行)の休部に伴い、昨秋、衣料品専門チェーン店のしまむらに移籍。3度目のマラソンに2大会連続の五輪出場(シドニーは5000メートル)をかけたが、「あぁ、やっちゃったという感じです」と悔しさを笑顔で隠した。

★大南ボロボロ…

 V候補の一角だった大南敬美(UFJ銀行)は15キロ付近で腹痛を起こして6位と惨敗。昨年からの右アキレス腱痛を克服して地元でのレースに臨んだが、「五輪に挑戦できる状態じゃなかったということ。今は最後まで走れてホッとしている」とうなだれた。

 大阪国際3位の双子の姉・博美は「気持ちで練習はしていたけど、故障は治り切っていなかったと思う。2人で一緒に練習してまた頑張ります」と傷心の妹をかばっていた。


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