室伏が繰り上げ金、日本の金16個は最多タイ

室伏広治 陸上男子ハンマー投げで、室伏広治(29)=ミズノ=の金メダルが29日、決まった。国際オリンピック委員会(IOC)の理事会が、優勝したアドリアン・アヌシュ(31)=ハンガリー=をドーピング(禁止薬物使用)で失格とし金メダルのはく奪を決定、2位の室伏が繰り上がった。これで今大会の日本選手団が獲得した金メダルは16個になり、64年東京大会の最多記録に並んだ。〔写真右:“金メダル会見”に出席した室伏は、深々と頭を下げて感謝のコメント=撮影・鈴木健児。同下:アテネ五輪のメダルの裏に刻印されているという古代ギリシャの詩の訳文を、室伏は自身の心境として報道陣に配布した



古代ギリシャの詩の訳文 アテネに残ってこのときを待っていた室伏に、IOCの決定がもたらされた。アヌシュの金メダルがはく奪され、繰り上げ優勝が決まった。


 記者会見した室伏は深々と一礼すると、「一生懸命やってきた結果が金メダルという形になり、うれしく思います」と表情を緩めて語った。上位のメダルはく奪により日本選手が金メダルを獲得するのは、五輪史上初めて。「金メダルを表彰台で直接受け取りたかったのが本音」と吐露したが、立派な勝利だ。

 アヌシュの行動はおかしかった。薬物疑惑がかけられ、27日にIOCによる再検査要請を受けたが「尊厳が傷つけられた」と拒否。IOCはこの日、アテネで規律委員会を開いたが、これも病気を理由に欠席した。

 代わって、ハンガリー・オリンピック委員会のシュミット会長らが弁明し(1)再検査拒否は検査場所に警察署を指定されたため(2)五輪期間中に3度検査を受けすべてパスした−などと潔白を主張。しかしIOCは「検査拒否の正当な理由はない」と判断した。さらに、アヌシュが提出した尿検体が「競技前と後で別人のものだった」と、すり替えの証拠も示して『違反』と認定。理事会で失格処分を決めた。

 優勝直後から、噂はあった。競技後に提出された尿検体から薬物は検出されなかったが、競技直後にすぐにロッカーへ直行し、検査中の挙動も不自然だったとの目撃証言があった。アヌシュの同僚で、男子円盤投げで優勝したローベルト・ファゼカシュが、検体をすり替えようとしたと指摘されて金メダルをはく奪されたことで、IOCは「アヌシュにも検体を操作した疑惑がある」と追跡調査を断行した。

 22日の競技ではわずか28センチの差で、室伏が負けた。しかし、禁止薬物使用はパワー系、瞬発系の競技に効果があるという。薬物を使用したアヌシュと、正々堂々と挑んだ室伏。どちらが真の強者であるかは、明白だ。

 この繰り上げの意味は大きい。五輪陸上の投てき種目で、アジア選手が優勝したのは初めて。日本の陸上がマラソン以外で金メダルを獲得したのは、36年ベルリン大会男子三段跳びの田島直人以来、68年ぶりの快挙だ。

 さらに、今大会、メダルラッシュに沸いた日本選手団の金メダルは16個に達し、最多だった64年東京五輪に並んだ。23日の女子レスリングを終えた時点で15個となりながら、その後、優勝確実といわれた野球が敗れるなど上積みできず、記録が絶望視されたところで、今回の繰り上げ。日本選手団にとっても、歴史的な一日となった。

★室伏に聞く★

 −−今の気持ちは
 「毎日練習に耐えて、一生懸命やってきた結果を、金メダルという形に残すことができ、うれしく思う。メダルの色は何色でも、重要なことはそこに向かって努力していくこと。金メダルよりも重要なものがあると思って、メダルの裏に書かれている詩の内容を、書いてみました」

 −−金より大事なものとは
 「真実の中で試合が行われることが、どれだけ大切かということ」

 −−日本にとって史上最多タイの金メダルだが
 「メダルをまだ手にしていないので、実感はない。急な展開なので混乱している。金メダルを持って帰れるというのは、うれしい」

 −−アヌシュへの思いは
 「ハンマー投げの選手が、そうなったのは残念」

 −−薬物使用をなくすにはどうすればいいか
 「日本だけの問題じゃない。国の事情も違うし、難しいことは多い。選手にできることは、友好を深めて、いい雰囲気づくりをしていくことだと思う」

★そのとき★

 既に帰国している室伏の父でコーチの重信さんの携帯電話に、金メダル決定の連絡が入った。愛知県豊田市の中京大豊田キャンパス。隣に座っていた大学関係者と握手し、笑顔を見せた重信さんは「日本の陸上の歴史から考えても価値のある金メダルを獲得した。本当に良かったという気持ちがわいてくる」と語った。

アヌシュ薬物疑惑の経緯
8月22日アヌシュが2位の室伏に28センチ差をつけて優勝
24日アヌシュと同じコーチに師事するファゼカシュが、尿検体提出拒否の不正行為で円盤投げの金メダルをはく奪される
25日IOCのリュンクビスト医事委員長らが、アヌシュの検査は正規の手続きで実施され陰性だったと不正行為の疑いを否定。日本オリンピック委員会(JOC)はIOCに調査を要請
26日IOCが、五輪期間中にアヌシュの再検査を実施する方針を固める。帰国していたアヌシュは薬物疑惑に「屈辱を受けた」と引退を表明
27日アヌシュは27日に再検査を受けるよう求められたが応じず
28日IOCが規律委員会の29日開催を決定
29日アヌシュ本人が病気を理由に欠席する中、IOCは規律委員会を開催。規律委の上申を受けたIOC理事会は金メダルはく奪を決定


データBOX
ハンマー投げの室伏の繰り上がり優勝で、今大会における獲得金メダル数が16個に到達。日本五輪史上で最多だった64年東京大会に並んだ。男女別では、当時は女子バレーボールの1個のみだったが、今大会では柔道の5を含めて9個を量産。男子を上回った。

陸上では女子マラソンの野口に続く2個目の金メダルで、投てき種目では史上初。一大会で複数の金メダル獲得は36年ベルリン大会の男子三段跳び(田島直人)、男子マラソン(孫基禎)以来、68年ぶり2度目。

最終的な獲得メダル総数は37個(金16、銀9、銅12)に到達。これまでの最多だった84年ロサンゼルス大会の32個(金10、銀8、銅14)を大きく更新した。



★選手団も歓喜

 五輪最終日の29日にもたらされた室伏の金メダル。大会大詰めで「繰り上げ」という異例な形での金メダル上積みに、選手団には驚きと喜びが広がった。

 陸上の沢木啓祐監督は男子マラソンのスタート地点に向かう直前に報道陣から電話で知らされ、即座に「決まったんですか?」と問い返した。「IOCが迅速に正しい判断をし、スポーツ精神が守られた」と興奮した声で言った。

 レスリング会場にいた日本選手団の福田富昭総監督は「えっ!」と一瞬、驚きの声。「薬を打って筋力をつければ誰でも勝てる。室伏は本人の力で勝ったのだから大したものだ」と称賛。「金メダルは東京五輪と並んだ。総監督としてこれほどうれしいことはない」とメダル倍増以上を果たした強化の成功に満足そうだった。

 ◆竹田恒和・日本オリンピック委員会(JOC)会長 「日本の金メダルが最多(タイ)の16個になり、室伏が真の金メダリストであることが証明された。祝福したい。この結果に満足することなく、JOCのニューゴールドプランを打ち上げて頑張りたい」

 ◆猪谷千春IOC委員 「非常にうれしい。エリート選手はフェアプレーをきっちり守ってくれないと。スポーツの将来にとって今回の判断はいいことだ」

 ◆岡野俊一郎IOC委員 「IOCとして厳正な判断がこの結果になった。本人の努力はもちろんだが、繰り上げは率直にうれしいことだ。東京五輪と同じ数の(金)メダルになったし、投てきで初めてというのは素晴らしい。胸を張っていい金メダルだ」

 ◆ハンガリー・オリンピック委員会のシュミット会長 「(アヌシュとファゼカシュの)ハンガリーの金メダル2個を、ドーピング検査の手続き上のミスで失ったことは極めて残念だ」

★ハンガリー通信も報道

 ハンガリー通信は29日、アヌシュが金メダルをはく奪されたことを、別の通信社電を引用する形で報じた。ハンガリー通信は、アヌシュが同日開かれたIOCの規律委員会に欠席した理由について、世界反ドーピング機関側の「迫害」で精神的に参ったためとするアヌシュの言い分を伝えた。

★アヌシュは提訴へ

 金メダルをはく奪されたアヌシュの代理人が29日、ドーピング再検査を担当した世界反ドーピング機関(WADA)を提訴すると述べた。



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