【マラソン】日本男子W入賞、「また5位かよ」油谷と6位・諏訪
アテネ五輪の最終種目となった陸上男子マラソンで、世界選手権2大会連続5位の油谷繁(27)=中国電力=が2時間13分11秒で5位、諏訪利成(27)=日清食品=が2時間13分24秒で6位に入賞した。国近友昭(31)=エスビー食品=は2時間21分13秒で42位。日本は3大会連続のメダルなしに終わったものの、過酷なコースでダブル入賞を果たした。イタリアのステファノ・バルディニ(32)が2時間10分55秒で優勝した。〔写真:5位の油谷=右=は、6位の諏訪と健闘をたたえあった=共同〕
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粘った。絶対にあきらめない。25キロ過ぎから独走するリマを追走する。地力の差からか、35キロ地点では8位に落ちた。それでも、心は折れない。一人一人抜いて、5位でフィニッシュ。「メダルを狙っていたんですけど。また5位かよ、って感じですね」。2度の世界陸上に続く5位。それでも、五輪では3大会ぶりの入賞だ。笑顔が弾けた。
日本海を望む山口県長門市で生まれた。子供の頃から野球が好きで、仙崎中では野球部に所属。セカンドを守ったが、レギュラーではなかった。「こっちの方が面白い」と美祢工高で陸上を始めたが、無名のまま3年間を終えた。しかし、1メートル63、51キロの小さな体には、本人も気がつかない「力」が宿っていた。
中学時代は駅伝によく借り出され、3年時には山口県大会で区間賞を獲得した。兄がもらっていた小遣いが自分にはないことを悔しがり、高校3年間は新聞配達にも汗を流した。その効果で脚力は飛躍的にアップ。上下動の少ない素直なフォームが坂口泰監督(42)の目に留まり、95年4月に中国電力に入社した。
座右の銘は「弱気は最大の敵」。同世代の藤田敦史(富士通)が00年12月の福岡国際で当時の日本最高をマークした時は、新聞に目を通そうともしなかった。「自分も頑張ればできる、と思った」。反骨心だけを武器に、五輪発祥の地で雑草が小さな花を咲かせた。「気が早いけど、これを区切りに次はメダルを狙いたい」。遅咲きの27歳の笑顔が少しだけ弾けた。
| 油谷 繁(あぶらや・しげる) 1977(昭和52)年2月8日、山口県生まれ。27歳。中国電力所属。中学までは野球部。山口・美祢工高で本格的に陸上を始め、95年に中国電力入り。世界選手権で01年、03年と2大会連続して日本人最高の5位。2度目のマラソンの01年びわ湖毎日で2時間7分52秒の自己ベストをマークして3位。1メートル63、51キロ。 |
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★伏兵・諏訪、意地見せた
伏兵・諏訪が6位入賞の意地をみせた。秘めた才能を持ちながら大学、社会人と“本気”になることがなかったが、白水昭興監督の叱責に目が覚めた。「進んでやるのが上の上。言われてやるのが下の下。お前はどっちなんだ」。自慢の茶髪、指にジャラジャラさせていたファッションリングも外してアテネ入り。「監督にメダルをプレゼントする」という夢には届かなかったが、最高のレースをみせた。
★バルディニ逆転、88年ソウル以来イタリアに金
今大会最後の優勝者となったのは、イタリアのステファノ・バルディニ。39キロ過ぎで失速気味のトップのリマをとらえると、そのまま快走。第1回近代五輪が行われたパナシナイコ競技場で歓喜のテープを切った。01、03年の世界陸上で連続銅メダルを獲得するなど、暑さの中でのレースは得意。88年ソウル大会のボルディン以来となるイタリアに金メダルをもたらし、笑顔を輝かせた。
★前代未聞の“汚点”、トップのリマが“襲われる”
36キロ過ぎで、前代未聞のハプニングが発生だ。先頭を走っていたリマ(ブラジル)に向かって、沿道左側から飛び出した男が、無理やり沿道右側に“押し出す”暴挙。リマはすぐにレースに戻ったが、顔を歪め、両手を広げて無念をアピールした。ここでリズムを崩し、20キロ過ぎのスパートで稼いだリードを一気に吐き出す形に。最終的には銅メダルを死守し、両手を広げて喜びいっぱいのポーズでゴールしたが、五輪史に残る“汚点”となった。
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