銅まで0秒09! 1600継の日本限りなくメダルに近づいた
今大会陸上トラック種目のラストイベントとして行われた1600メートルリレーで日本(山口、小坂田、伊藤、佐藤)は3分0秒99で、3位までわずか0秒09差の4位。96年アトランタ大会の5位を上回る日本の五輪最高成績を残した。〔写真右:やったぜ! 1600メートルリレーで史上最高の4位となった日の丸4人衆は、笑顔で快挙を称え合った=撮影・奈須稔。同下:アンカー佐藤がゴール。銅メダルまであと一歩だった=撮影・奈須稔〕
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アンカーの佐藤光浩が懸命に追う。最後の直線。英国をかわした。ナイジェリアを追い越せば、メダルに届く。ゴール! 選手と7万観衆の目が掲示板に集中した。4位。3位とは“胸の差”、タイムにしてわずか0秒09差だった。日本リレー陣が五輪史上最もメダルに近づいた瞬間だった。
「順位はまったく分からなかった。とにかく前のランナーを抜くことだけを考えていた。本当なら100%満足なんでしょうけど、嬉しくないです。メダルが見えていただけに悔しい」
佐藤は息を弾ませながら、こう言った。40分前に行われた400メートルリレーと並ぶリレー競技での五輪史上最高位。でも、素直に喜べない。「100分の9秒差ってすごく短いですよね。だけど僕にはすごく長く感じた」。メダルにわずかに届かなかった無念さ。“無印軍団”は本気で表彰台を狙っていた。
個人で400メートルに出場した山口有希、小坂田淳、佐藤はいずれも1次予選落ち。世界の壁を思い知らされた。しかし、4人の力を合わせれば、不可能が可能となる。高野進コーチが「私の経験も含めて一番まとまりがある」という抜群のチームワーク。その結束力をさらに強固にする接着剤が、最年長の小坂田だった。
アトランタの5位に続く上位進出を目指したシドニーでは、他の選手と接触してバトンを落とした。日本は準決勝で落選。今年4月に30歳となったベテランはアテネがおそらく最後の五輪。「小坂田さんのアテネに懸ける思いは伝わっていた。最後の花道を飾ってもらいたいとみんなが一つになっていた」。第3走者の伊藤友弘は小坂田からしっかりバトンをもらい佐藤に夢をつないだ。
400メートルリレーの快走を見届けての出陣前。「俺たちはもっと上をいく。メダルを獲るゾ」と全員が誓った。その思いを形にできなかったが、心意気は十二分に示した。
「シドニーのことは忘れたことがなかった。でも、これで完全に吹っ切れたかな。みんなにはホント感謝しています」
もう悪夢に悩まされることはない。メダルの夢を若手に託した小坂田だけは笑顔だった。「世界で戦える自信とまだまだ足りないという反省が収穫」と佐藤が話したアテネ五輪。ベテランから若手へ…見えないバトンもしっかりつながれた。
(臼杵孝志)
◆山口有希 「最後なので思い切りいった。1走のぼくが上位でこないと話にならない。3番ぐらいで(2走にバトンを)渡したかったけど、自分なりの力は出した。みんなが頑張っての4位なのでよかった。最後はドキドキして見ていた」
◆小坂田淳 「(メダル獲得という)淡い期待を一瞬、持ってしまった。(4位は)十分だと思う。自分の役割を果たせてほっとしている。補欠の向井を含めた若い4人に感謝したい。今後のことは今は考えられない。ゆっくり休みたい」
◆伊藤友広 「(1、2走の)山口君と小坂田さんが前の方で(バトンを)持ってきてくれたので、メダル圏内で渡したかった。みんなが力を出し切った結果なので満足している。歓声がすごくて気持ちが盛り上がった。小坂田さんが最後だから華を添えたいと、4人が結束できた」
◆佐藤光浩 「3人がしっかりとつないだ思いを込めて走った。(3位との0秒09差は)相当短いが、ぼくにとっては長くて重い時間だ。日本の先輩がこれまで(この種目で)通用するという実績をつくってくれていた。この舞台で持ち味の粘りを発揮できた」
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