アヌシュ再検査へ、室伏「金」の可能性も

アドリアン・アヌシュ 陸上男子ハンマー投げで金メダルを獲得したアドリアン・アヌシュ(29)=ハンガリー=に対し、国際オリンピック委員会(IOC)がドーピング(禁止薬物使用)の再検査を実施する方針を固めたことが26日、分かった。IOCの有力理事が明らかにした。22日に行われた同種目では室伏広治(29)=ミズノ=が2位に入っており、アヌシュが失格になった場合は繰り上げ金メダルとなる。〔写真右:22日の決勝でパワフルな投てきをみせたアヌシュ=代表撮影。同下:表彰式では室伏=左=の隣で胸を張って金メダルを首にかけていた。右は銅メダルのチホン=AP



 わずか28センチ差で銀メダルに泣いた室伏の周囲が、にわかに慌ただしくなってきた。優勝者のアヌシュに、ドーピングの再検査が行われる可能性が浮上。順位に変動が出る余地が出てきたのだ。


 共同電によると、IOCの有力理事が「他の事例もあり、疑いを抱いている」と述べ、再検査の意向を示した。

 疑いの目はあった。アヌシュと同じコーチに師事する男子円盤投げの優勝者ローベルト・ファゼカシュが、競技後の検査を受けずに失格、成績抹消となった。26日には同じハンガリーの重量挙げ選手ゾルタン・コバチが同様の検査拒否で失格、追放処分になっている。

 さらに、アヌシュが競技後の検査で規定の尿サンプル量(75ミリリットル)を提出しなかった疑いがある−と一部に報じられ、日本オリンピック委員会(JOC)は25日、IOCに徹底した調査を正式に要請していた。

 IOCの医事委員会は、競技後に行ったドーピング検査については違反は見つかっていない−と発表した。しかし、前出の諸事例に基づいて疑念を持ったIOCが、疑惑に応える可能性が出てきた。「疑わしきは、調べる」というわけだ。

 IOCは選手村開村から大会終了までの約4週間を「五輪期間」と定め、この間は競技後、抜き打ちを含めていつでもドーピング検査を実施できると規定している。アヌシュは既にハンガリーに帰国しているが、アテネ五輪が閉幕する29日までに医事委員会から追跡検査を要求された場合は、いついかなる時でも従う義務がある。そこで違反があれば失格となり、金メダルはく奪の処分が下される。

 60年ローマ五輪で、興奮剤を使用したデンマークの自転車選手がレース中に死亡して以来、ドーピング規制の動きが強まった。過去にもドーピング検査で「クロ」と判定され、金メダルがはく奪された例も多い。今大会も既に4人のメダリストが失格となっている。

 「禁止薬物使用はパワー系、瞬発系の競技に多い」と専門家は指摘する。パワーと瞬発力。7・260キロの鉄球を遠くに飛ばすハンマー投げは、この双方の要素が不可欠な競技ではある。

 金メダル最有力候補に推されながら、銀メダルとなった室伏は、「いい結果を出したかった。しようがないですね」と話していた。しかし、思わぬ形で繰り上げ金の可能性が浮上。室伏はこの日の帰国予定を急きょ延期し、“万が一”に備えてアテネに残っている。

 室伏 広治(むろふし・こうじ) 1974(昭和49)年10月8日、静岡県沼津市生まれ。29歳。千葉・成田高で本格的にハンマー投げを始め、中京大を経てミズノに所属。98年4月に父・重信氏の日本記録75メートル96を14年ぶりに更新。00年シドニー五輪9位。世界陸上は01年に銀、03年には銅メダルを獲得。自己記録84メートル86は日本記録で世界歴代3位。1メートル87、96キロ。


★アヌシュは激怒、引退表明

 アヌシュは26日、ドーピング疑惑で騒がれていることに耐えられないとして、引退する意向を表明した。アヌシュは書簡で「尊厳を傷つけられたため、引退する」と発表した。

 アヌシュは、男子円盤投げの金メダルをはく奪されたファゼカシュとともに、既に帰国しているが、姿は現していない。再検査を行う方針のIOCから所在を報告するよう求められている。

 アヌシュのスポークスマンは「一連の出来事でアヌシュは深く傷ついた。彼は帰国後に屈辱を受けることに耐えられないようだ」と述べた。(AP)

 アドリアン・アヌシュ 1975年6月28日、ハンガリー・セゲド市生まれ。29歳。96年アトランタ、00年シドニー両五輪に出場するも、ともに予選で敗退。03年世界陸上では最終6投目で80メートル36をマークして室伏を24センチ逆転し、銀メダルを獲得した。自己ベストは昨年8月にマークした84メートル19で世界歴代8位。1メートル94、118キロ。


★ドーピング

 薬物などの不正手段で競技成績を上げようとする行為。薬物ドーピングと血液ドーピングに大きく分けられる。薬物ドーピングは、筋肉増強剤や興奮剤、麻薬性鎮痛剤などが主な禁止薬物。血液ドーピングは、血液を一定量体内から抜き出すことにより体が失われた血液を補おうとする造血作用を利用する手段。アフリカ東南部の原住民カフィール族が祭祀や儀礼に用いた酒「dop」が語源とされる。

★ドーピング検査手順

 選手から採取した尿、血液はその場でA、Bの2つの容器に分けられる。認定検査機関でA検体から禁止薬物が検出された場合、選手はB検体を使っての再検査を要求できる。B検体からも同じ禁止薬物が検出されると陽性と判断され、処分の対象になる。禁止されている薬物を治療目的などで摂取している場合、事前に申請すれば陽性と判断されないケースもある

 ◆日本陸連・山沢文裕医事委員長(アンチ・ドーピングコミッション委員) 「再検査が実施されれば、競技終了直後の通常検査とは違う『競技外検査』と位置づけられ、風邪薬などに含まれる興奮剤が検出されても陽性とならないのではないか。一方で、タンパク同化剤や利尿剤、成長ホルモンなどは検出された時点で陽性となり、帰国後に『服用した』といった弁明も一切許されない。再検査を拒否しても陽性となる」

激闘VTR

 22日決勝。今季世界1位のチホン(ベラルーシ)が不振に陥る中で、優勝争いは序盤からアヌシュと室伏の一騎打ちに突入。アヌシュが3投目で83メートル19をマークすれば、室伏も4投目に82メートル35を投げて追撃体勢を整える。そして、5投目のファウルの後の最終6投目。雄叫びとともに夜空に放物線を描いた室伏の記録は82メートル91。わずか28センチ届かず、アヌシュに凱歌が上がった。


過去の五輪ドーピング・ショック
ジョンソン事件88年ソウル大会の陸上男子100メートルで、ベン・ジョンソン(カナダ)が9秒79の世界新記録をマーク。金メダルに輝くも、筋肉増強剤使用の陽性反応ではく奪。2位のカール・ルイス(米国)が2大会連続で制した
山下が繰り上げ92年バルセロナ大会の女子マラソンで、4位に入ったマディナ・ビクタギロワ(EUN)の興奮剤使用が発覚。追放処分となり、日本の山下佐知子が5位から4位に上がった
幻の『金1号』00年シドニー大会から採用された女子重量挙げで初の金メダリストになった48キロ級のイザベラ・ドラグネバ(ブルガリア)が失格に。男子62キロ級3位のセフダリン・ミンチェフ(ブルガリア)とともに筋肉増強剤の使用痕跡を消していた
風邪薬で涙00年シドニーで体操女子個人・団体総合の2冠を達成したアンドレーア・ラドゥカン(ルーマニア)が、興奮剤使用で個人総合の金メダルをはく奪された。風邪薬に禁止薬物が含まれていたとスポーツ仲裁機構に提訴したが、涙の敗訴に終わった



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