棒高跳び・沢野、「友情のメダル」以来の日の丸を
「跳躍ニッポン」復活だ。陸上男子棒高跳びの沢野大地(23)=ニシスポーツ=が25日の予選で、通過記録の5メートル70を2回目に跳んで決勝に進んだ。日本選手のこの種目での決勝進出は84年ロサンゼルス大会の高橋卓巳以来20年ぶり。27日の決勝で、跳躍種目として68年ぶりのメダルを目指す。〔写真:“友情のメダル”の夢再び。男子棒高跳びで沢野が決勝に進出した=共同〕
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ポールを抱えて、まっすぐ前を向いた。助走、そしてジャンプ。アテネの夜空に舞い上がった沢野の体が、バーを越えた。5メートル70。予選通過記録をクリアし、思わず右手を突き上げた。
「奇跡です」
感激の瞬間を振り返った。苦しかった。5メートル30から飛び始め、5メートル50と5メートル60は2回目に成功、5メートル65は3回目に辛うじてクリアした。「向かい風が強く、力んで苦しんだ」。そして、5メートル70。「脚が5カ所ぐらいつって…」。マット横で入念にストレッチ。「日本の試合ならやめている。五輪だと思って何とかしようと思った」。そして、2回目に成功した。
昨年の世界選手権(パリ)は決勝に進んだが、試合直前の練習で脚を痛めた。試技を行うことなくピットを立ち去り、号泣した。そのとき声をかけてきたスウェーデン選手がこの日、「また今年もやるのか?」と話し掛けてきた。「今年は絶対にやらない」と言い返し、クリームを塗ったり、軽く走ったりして回復させ、競技を続けた。
偉業。棒高跳びでは日本選手として20年ぶりとなる五輪決勝をつかみ取った。「跳躍ニッポン」。戦前はこう呼ばれた。日本選手が三段跳びで五輪3連覇、36年ベルリン大会では棒高跳びで西田修平と大江季雄が銀と銅を獲得し、「友情のメダル」の伝説を築いた。棒高跳びのポールがグラスファイバー製になる以前は、日本の竹が使用されていたこともある。
今大会は日本のお家芸復活が目覚ましい。「柔道ニッポン」「水泳ニッポン」「体操ニッポン」と謳われ世界に君臨した各競技が、一時の不振を脱して栄光へ。柔道は男子最重量級を16年ぶりに制した鈴木桂治ら金8個。競泳は平泳ぎ2冠の北島康介など金3個。体操も男子団体で28年ぶりに優勝した。ならば、「跳躍ニッポン」の伝統を沢野が復活させる。
“鳥人”セルゲイ・ブブカに憧れた少年が、五輪の舞台でニッポン跳躍陣の威信を示した。「入賞は確実にしたい。決勝では少しでも高く、長く跳びたい」。決勝では、今季マークした5メートル80を跳べば上位進出もあり得る。27日、五輪のメーン競技場に日の丸が翻るかもしれない。
| 沢野 大地(さわの・だいち) 1980(昭和55)年9月16日、千葉県生まれ、23歳。印西中1年で棒高跳びを始め、成田高2、3年でインターハイ連覇。日大を経て03年4月にニシスポーツ入り。同6月の日本選手権で初優勝したが、同年8月のパリ世界陸上では予選を突破しながら決勝は故障で棄権。今年6月の日本選手権で5メートル80の日本新記録で連覇を達成した。1メートル82、68キロ。 |
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友情のメダル 36年ベルリン五輪の棒高跳び決勝は、5時間30分に及ぶ死闘に。メドウス(米国)が優勝を決め、西田と大江の2、3位が確定したが、2人は銀メダルを決めるための跳躍をせず、先輩の西田を銀、大江を銅に決めた。西田と大江は大会後、銀と銅メダルを半分に割ってつなぎ合わせ、「友情のメダル」と呼ばれた。 |
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★メダル確率60%?
沢野のこれまでの軌跡は「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)の8月5日、19日発売号で掲載されている。同誌はアテネ開幕前から6人の男子選手をリレーで連載。柔道の鈴木と井上、野球の松坂、ボートの武田、体操の米田、そして昨夏の世界選手権3位に相当する5メートル80の自己ベストを持つ沢野がアンカー。現時点でのメダル獲得率は60%だが、果たして?
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