【マラソン】ヒロイン野口、綴られ始めたサクセスストーリー

野口みずき 新女王の誕生だ。108年前の第1回大会と同じ伝統コースで22日に行われた女子マラソンは、27キロすぎから独走した野口みずき(26)=グローバリー=が、2時間26分20秒で優勝。前回シドニー五輪の高橋尚子に続く日本選手2連覇を達成した。23日の表彰式で金メダルを手にしたヒロインは、さらなる成功への道を歩み始める。〔写真右:表彰式で金メダルを掲げる野口。激闘を制し、幸せの絶頂だ=撮影・川村寧。同中:日の丸を掲げて優勝を喜ぶ野口。国民的ヒロイン誕生だ=撮影・奈須稔。同下:ゴール後、シューズにチュッ。神様にもファンにも靴にも感謝だ=AP



 野口が逃げる。背後からヌデレバが迫ってきているのが分かる。何度も後方を振り返り、腕時計を確認する。ヌデレバには昨年の世界選手権で負けている。怖い。脚よ、動いて。パンツに縫いつけた伊勢神宮のお守りに祈りながら、夢へ向かって懸命に逃げた。

 パナシナイコ競技場に先頭で帰ってきた。1メートル50の小さなヒロインを観衆は総立ちで迎えた。マラソン発祥の伝統コースを2時間26分20秒で征服。2位との差は12秒。左手人さし指を立てて笑顔でゴールした。が、ゴール直後に嘔吐し、医務室へ直行した。気温35度の下での42・195キロは、過酷で壮絶だった。

 「うれしくて仕方ない。とても幸せ。これまで頑張ってきてよかったです」。勝利から一夜明けての表彰式。金メダルを首にかけられて感激を新たにし、目に涙を浮かべながら君が代を歌った。

 力強いストライド走法を武器にした作戦どおりの結果だった。27キロすぎにスパート。世界最高記録保持者ラドクリフを途中棄権に追いやり、昨年の東京国際で高橋尚子に勝ったアレムも突き放した。もう、「Qちゃんを出しておけばよかった」と言う人はいまい。

野口みずき シドニーの高橋に続く日本女子のマラソン連覇。国民栄誉賞を受賞した国民的ヒロインと肩を並べる偉業だ。メダルラッシュに沸く日本選手団の中でも、マラソンの金には重みがある。高橋なみに、テレビ出演やCM依頼などが殺到するのは間違いない。

 日本オリンピック委員会(JOC)は、一括管理してきた肖像権を来年1月から選手に返す。スター選手は自由にプロ活動ができる。QちゃんはCMなどで年間3億円以上の収入を得るようになるともいわれている。ならば、野口だって。ワコールを退社しグローバリーに入るまで失業保険に頼っていたこともあることを思えば、夢のような話だろう。

 競技者としてさらなる高みを目指す。藤田監督は様々なプランを披露したことがある。「来年のヘルシンキ世界選手権で勝たせたい」「日本記録を出させたい」「もうひとつ五輪をやらせたい」。監督の意向を総合すると、(1)世界陸上のタイトル奪取(2)高橋尚子の持つ日本最高記録の更新(3)女子マラソン五輪2連覇−などが新たな目標となる。高橋は世界陸上を目指すことを示唆したこともあり、2人の五輪女王が直接対決する可能性もある。「現時点での実力は、野口の方が上」と陸連関係者は声をそろえる。時代は変わった。

 脱いだシューズに口づけした。「ツチノコを見た」「UFOを見た」などと周囲をけむに巻く明るい26歳のサクセスストーリー。「神様ありがとう」。新女王は心を込めて言った。

牧慈


★野口に聞く★

 −−ゴールの感想は
 「大観衆の声援を自分のものにできて、うれしくて仕方なかった。歓声はよく聞こえた。とても幸せ。これまで頑張ってきてよかった」

 −−果敢に勝負をかけた
 「25キロ地点でスパートするよう監督に言われていた。不安だったが、行くしかないと思った」

 −−ヌデレバに差を詰められたが
 「すごく気になっていた。近づいてくるだろうと思った。突き放したが、自分のスピードではまだ駄目かと思った」

 −−金メダルの実感は
 「今、少しずつわいてきている」

★表彰式では涙

 五輪スタジアムで行われた23日の表彰式に臨んだ野口。「メダルは何度も何度も見て、何度も何度も涙がこみ上げてきた。ズッシリを重みを感じます」。金メダルを首にかけられたヒロインに、スタンドから惜しみない拍手が送られた。レースについては「勝因は25キロすぎにスパートしたこと。給水もしっかりとれたので、体のダメージもなかった。苦しかったのは“一人旅”になったとき。でも、やってきた練習のことを考えたら、苦しさが軽減しました」と振り返った。

★鈴木博美★

 五輪の金メダル獲得という偉業を達成した野口さんにとって、次の目標は自己記録の更新に移ることになるでしょう。現時点では2時間21分18秒ですが、ペースメーカーがつく海外のレースで、マラソンに適した涼しい気候の中で走れば、Qちゃんが持つ2時間19分46秒の日本最高記録を更新することは決して不可能ではないと思います。

 32キロすぎから10キロも下りが続くアテネのコースは、ストライド走法の野口さんには不利でした。ストライド走法の場合、下りでは自然とブレーキをかける走りとなり、足に大きな負担がかかります。追ってきたヌデレバの無駄な動きのないピッチ走法とは対照的でしたが、それでも27キロすぎからのスパートで得た貯金を守り切りました。

 アテネ代表に内定した昨年8月以来の練習で、相当なスタミナと筋力を蓄えたのでしょう。あごが上がり、体が反りかけても、すぐ元に戻していました。本命のラドクリフが棄権し、何人もの選手が嘔吐した過酷な条件下で発揮した強さは本物です。26歳とまだ若いですし、金メダルがプレッシャーになるタイプでもありません。怖いものなしという感じですね。

97年アテネ世界陸上金メダリスト、現姓伊東



著作権、リンク、個人情報について