【マラソン】野口みずきが「金」、伝説の地で「最強王者」の名刻む

 やった、連覇だ、金メダルだ! 陸上女子マラソンで、野口みずき(26)=グローバリー=が2時間26分20秒で金メダルを獲得した。前回シドニー五輪の高橋尚子に続く優勝で、日本勢が五輪2連覇を達成した。マラソン発祥の地で、日本の新エースが最高の走りを見せた。土佐礼子(28)=三井住友海上=は5位、坂本直子(23)=天満屋=は7位入賞。マラソンで日本女子代表が3人全員入賞するのは初めて。〔写真:金メダルだ。先頭でゴールテープを切った野口。ワタシがイチバンよ=撮影・奈須稔



 壮麗なパナシナイコ競技場に沸く大歓声の中に、1メートル50、40キロの小柄なランナーが飛び込んできた。野口だ! 00年シドニー大会の高橋尚子に続く2大会連続の「金」へのラストスパート。猛追するヌデレバを振り切るように、ゴールへの一歩、また一歩に観衆のボルテージが高まる中、新女王が歓喜のゴールに身を躍らせた。


 「すごくうれしいです。ラスト勝負は不利。25キロすぎからラストスパートしろといわれてました。頑張ってきてよかったです」。ゴール直後に嘔吐するほど激しいレースだった。係員に連れられ医務室へ。戻ってきてから、喜びを爆発させた。

 2位ゴールのヌデレバとの差は12秒。歴代最も過酷といわれたコースで繰り広げられた歴史に残るデッドヒートを、小さな体でしのいだ。25キロ付近で“本命”ラドクリフのペースが落ちると、27キロでスパートを仕掛けて単独トップに立った。4年前、高橋の金メダルをテレビで見て心に誓った夢の舞台。栄光を後押ししたのは、家族のきずなと深い愛情だった。

 中学時代、三重県大会で好成績を挙げて、周囲から強豪高への進学を勧められた。だが、姉、兄はともに中学卒業と同時に就職。「みずきだけ高校に行かせるのもどうか」という両親に姉と兄が訴えた。「自分たちのぶんまで、みずきを高校に行かせてほしい」。

 指導法をめぐる対立から所属するワコールを退社した藤田信之監督と行動を共にしたため、4カ月は無職で練習を続けた。苦しい環境、先行きの見えない将来…。それでも笑顔を絶やさない野口が、周囲に明るさをもたらした。ヌデレバの猛追で、一時は30秒以上あった差が40キロでは12秒まで縮められたが、苦労して野口に走るチャンスを与えてくれた家族のことを考えれば、苦しいレースも辛くはなかった。

 沿道で応援した母・春子さん(53)は「こんなドキドキしたことはない。足が震えてきました」と目を潤ませた。アテネ市民のためマラトンからアテネまでを走り命を落とした戦士の伝説から生まれたマラソン競技。そのアテネで、最愛の家族のためにすべてを出しきった42・195キロ。伝説の地に残した野口の足跡は、いま新たな伝説となった。

牧慈


 野口みずき(のぐち・みずき) 1978(昭和53)年7月3日、三重・伊勢市生まれ、26歳。三重・宇治山田商高からワコールを経て99年からグローバリー。初マラソンの02年名古屋国際で優勝。03年は1月の大阪国際を日本歴代2位の2時間21分18秒で制し、8月の世界選手権で銀メダルを獲得してアテネ五輪代表を決めた。大きなストライド走法が持ち味。1メートル50、40キロ。


 ◆ハーフの女王 世界ハーフマラソン選手権に4度出場、99年は銀メダル。ハーフ24戦で日本選手に負けたのは高橋尚子ら2人だけ

 ◆犬は嫌い 中国・昆明合宿中の2週間は世界遺産の町並みが広がる麗江で走りこみ。その際、野良犬に尻をかまれた。中国語で「野口」はイエコウ、「犬」もイエコウで、発音が似ているが、大嫌いになった

 ◆サザン アテネには自分で編集したMDを6枚持参。サザンオールスターズの「君こそスターだ」を聴きまくっていた

 ◆チーム野口 長期合宿にマンツーマンで帯同する広瀬永和コーチ(38)ら総勢8人のスタッフがサポート。この1年間の活動資金は総額5000万円超

 ◆マグロ マグロの刺し身が大好物。5人前くらいはペロリと平らげる。好き嫌いはなく、焼き鳥も大好物だ

 ◆イラスト 絵を描くのが好き。アニメっぽい絵が得意で、手紙には必ずイラストを添える

 ◆命名 みずきの名はハナミズキからとられた。東京が米ワシントンに桜を贈ったお返しとして贈られた花がハナミズキ。さまざまな人種が支えあって生きている米国のように、いろんな人と支え合いながら生きてほしい、という父の願いがこめられている

 ◆家族 父・稔さん(51)、母・春子さん(53)。姉・友代さん(36)、兄・尚徳さん(31)、弟・正宏さん(24)

データBOX
野口の金メダルで日本勢の今大会における獲得金メダル数は13個となり、72年ミュンヘン大会に並んで日本歴代2位となった。史上最多は64年東京大会の16個で、レスリング女子、野球などの有望種目が続く今後での記録更新に大きな期待がかかってきた。

84年ロサンゼルス大会から正式種目となった女子マラソンだが、00年シドニー大会までの金メダル獲得国は米国、ポルトガル、EUN、エチオピア、そして日本。野口の快走で、日本は史上初の2大会連続の金メダル獲得国となった。


★そのとき★

 野口の金メダルに兄・尚徳さん(31)は顔をこわばらせ、「信じられない。追い上げられて心配した。メダルおめでとうと言ってあげたい」と話した。沿道の応援からゴールの瞬間を見るため競技場に駆け付け、汗だく。

 父・稔さん(51)は沿道でトップの野口を待つ際、「中学校、高校の先生に『この子は将来がある』と言われていたことが現実に…。おい、本当かよという表現しかない」と落ち着かない様子。一緒にいた母・春子さん(53)は「こんなにドキドキしたことはない。飛ばしすぎて大丈夫だろうか。駄目にならないか心配。足が震えてきました」と目を潤ませていた。

◆シドニー五輪金メダルの高橋尚子は、合宿中の米コロラド州ボールダーで声援 「野口さん、すごい!テレビ放映がなかったので、電話で経過を聞きながら応援した。映像がなくても大興奮。最後は日本のテレビの音声を聞かせてもらって電話口で叫びながら応援した。土佐さんも坂本さんも入賞して本当によかったです」

★鈴木博美★

 野口さんの鮮やかな作戦勝ちでした。あらかじめ勝負のポイントを25キロ過ぎと決め、そこで迷うことなく仕掛け、追いすがってきたアレムを27キロ過ぎの再スパートで引き離しました。もともとは下りを苦手としていただけに、ならば後半の長く続く下りに入る前にできるだけリードを奪い、あとは逃げ切るという青写真通りの勝利でした。

 レース前のインタビューで「スタミナに関しては不安はない」と話していた通り、逃げ切るだけの準備は十分にしていました。下りを得意とするヌデレバとのタイム差は最終的に12秒でしたが、25キロ過ぎでのスパートがなければ逆転されていたかもしれません。本命のラドクリフが本調子だったとしても、野口さんはあの場面で勝負をかけていたはずです。作戦を含めた準備、仕掛ける度胸、苦手を克服した努力。歴史に残る素晴らしい金メダルだったと思います。

97年アテネ世界陸上金メダリスト、現姓伊東


 ◆藤田信之監督 「30キロまで待っていたら勝機はなかった。外国人のストライドと山道を考え、早めにスパートをかけろといった。指示どおりです」

 ◆陸上・沢木啓祐監督 「改良点はあるが、結果的には最高の成績となった。筋力トレーニングとメニューを慎重に選択し、コースに合った場所を選んでトレーニングした成果だ」

 ◆竹田恒和・日本選手団団長 すごいですね。よく頑張った。4年前の高橋(尚子)のゴールを思い出した。最後まで実力を出し切ってくれて感無量です。選手の努力に感謝したい」

★過酷なコース、世界記録保持者ラドクリフも涙のリタイア

 世界記録保持者で優勝候補に挙げられていたラドクリフ(英国)が、まさかのアクシデント。36キロで突然スピードを緩め、力なく歩いてしまった。思い直して走りだしたが、やはり力は戻らず、最後は座り込んだ。金メダルの夢がかなわず、無念さに体を震わせ、涙を流していた。

五輪女子マラソン史

★84年ロサンゼルス大会 正式種目として初めて実施された記念のレースを制したのは地元米国のベノイト。タイムは2時間24分52秒だった。日本勢は佐々木七恵が2時間37分4秒で19位に入ったが、増田明美は16キロ付近で途中棄権した

★88年ソウル大会 序盤からハイペースのレースが展開され、3強の一角だったモタ(ポルトガル)が2時間25分40秒で優勝。日本勢は浅井えり子が25位、荒木久美が28位、宮原美佐子が29位と上位争いに加われないまま惨敗を喫した

★92年バルセロナ大会 号砲時から気温30度を超える過酷なレースで、暑さ対策をして臨んだ有森裕子が粘走。エゴロワ(EUN)には惜しくも届かなかったが、2時間32分49秒の2位で五輪初のメダルを獲得。山下佐知子も4位に入った

★96年アトランタ大会 雨上がりの号砲時の気温は21度。予想外の涼しさの中で伏兵ロバ(エチオピア)が2時間26分5秒で独走優勝。日本勢は有森が終盤に粘り、3位で2大会連続のメダルを獲得。真木和は12位、浅利純子は17位だった

★00年シドニー大会 15キロ付近で高橋尚子がスパートをかけると、有力選手が続々と脱落。高橋は35キロ手前の再スパートでシモン(ルーマニア)を引き離し、2時間23分14秒の五輪新記録で日本陸上界悲願の金メダルを獲得。山口衛里が7位、市橋有里は15位だった



★男子も国近、油谷、諏訪いくぞ!

 男子マラソンは大会最終日の29日午後6時(日本時間30日午前0時)に号砲。日本からは国近友昭(31)=エスビー食品、油谷繁(27)=中国電力、諏訪利成(27)=日清食品=の3人が出場する。人類初の2時間4分台をマークしたポール・テルガド(34)=ケニア=を筆頭に2時間6分以下の自己記録をもつ選手が集結するが、ペースメーカー不在の真夏のレースだけに、波乱が起こる可能性も十分ある。


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