女子棒高のパイオニア、近藤高代の短い夏

近藤高代 日本女子のパイオニアのアテネは、短かった。前回大会のシドニーから五輪正式種目となった女子棒高跳びに、今回初めて日本選手として出場を果たした近藤高代(28)=長谷川体育施設=は、21日の予選で落選した。



 記録は4メートル15。6月に自ら作った日本記録4メートル35よりも低い4メートル30をクリアできず、フィールドを後にした。この日計15人が決勝へ。近藤は全体24位にとどまった。「自分の力を発揮できなかった。最高の舞台を味わえてうれしいが、4メートル30を跳べないと世界の舞台では戦えない」と肩を落としたが、陸上史にその名は刻んだ。

 先駆者−。中学時代から続けてきた走り幅跳びで伸び悩んでいた早大1年の秋、決断をした。公認種目になったばかりの女子棒高跳びへの転向。「新しい種目だけに、日本で一番になれるかも」。大学3年時に、故郷の滋賀・大津市で高校陸上部を指導する大戸直樹氏(54)の門を叩いた。

 幅跳びの二の舞はゴメン。「継続は力なり」をモットーに、着実に腕を上げた。助走の速さが増し、国内で手に入る最も硬いポールを使えるまでにパワーアップした。5月に日本新記録をマークし、6月の日本選手権では優勝。滋賀県出身の女子陸上選手として初めて五輪切符をつかんだ。

 「世界でこの力を試したい」とアテネへ乗り込んだが、世界の壁に跳ね返された。目標の予選通過は果たせず。でも、「またこの五輪の地に立てればと思う」。あきらめない目は、早くも前を向いていた。

写真:力を出しきれなかった近藤だが、先駆者としての役割は十分に果たした=共同

男子3000障の岩水、終盤の追い込みも実らず

 昨年の世界選手権に続く決勝進出が期待された男子3000メートル障害の岩水だが、予選3組6着で敗退。終盤追い込む作戦は実らなかった。
 先頭集団の激しいもみ合いを避けて、スタートからしばらくは集団の最後方に待機。1500メートルをすぎて、いったんは4番手に上がり「残り2周でいけるという感触だったが、上位の選手のスピードは、やはり違った」と、最後の競り合いではじりじりと後退した。
 大会直前に右ふくらはぎを痛めたこともあり、昨年23年ぶりに日本記録を更新した勢いはなかった。「五輪ですごく注目され、自分のやる気も高まっていたのに」と悔いを残した表情だった。

七種の中田、走り幅の無得点が痛かった

 日本の女子では64年東京五輪以来となる混成競技に出場した七種競技の中田は28位。「最初は怖いもの知らずでできたが、ひょうひょうと戦い切れない雰囲気があった」と、大舞台での精神面のひ弱さを悔やんだ。6000点を目標に掲げたが、得意の走り幅跳びで記録なしに終わるなど4871点と力を発揮できず「一流選手が苦しい時に出す、しぶとさが自分は確立できていない」。27歳の第一人者にとっては、ほろ苦い初五輪となった。


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