中年の星・山本、ギネス申請で「一番星」に
アテネ五輪の体操、アーチェリー、ソフトボール日本代表が26日、続々と成田着の航空機で帰国した。中でも大歓声を浴びたのが、アーチェリー男子の山本博(41)=大宮開成高教員。84年ロサンゼルス大会以来、20年ぶりにメダルを獲得した“中年の星”をたたえ、ギネスブック申請の準備が進められていることが明らかになった。〔写真右:アーチェリー銀の山本が帰国。連盟は本格的なギネス申請の準備に入った=撮影・今井正人。同下:息子の純太郎くんは銀メダルを首からかけニッコリ=撮影・大井田裕〕
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「山本センセー」の掛け声を浴び、日焼け顔に白い歯がこぼれる。1人息子・純太郎くん(12)の首に銀メダルをかけ、銀メダスリスト・山本は大宮開成高の“教え子”から握手攻めを受けた。
「迎えの人が多いんでビックリしましたよ。会場でも日本人だけじゃなく、外国の方が応援してくれた。長くやってきた財産ですねえ、競技者としての価値が上がったかなあ」。まさに世界一の“オヤジ”だ。84年ロサンゼルス以来、20年ぶりのメダル獲得は世界最長のブランク。全日本アーチェリー連盟では偉業をたたえ、ギネス申請の本格準備に入った。
昨年の世界選手権で山本は12大会連続出場。これが同一大会の世界最多記録であることが判明し、連盟は今年1月にギネスブックに申請した。だが、7月に出た回答は『却下』だった。
「来年の世界選手権に出場したらもう1度、国際委員会の後押しを受けて申請しようと思ってました。20年ぶりのメダル獲得も、合わせて検討しますよ」と同連盟の関政敏事務局長。来春の国内選考会で世界選手権の代表が決まるが、山本は4位に入れば出場権を手にする。さらに4年後の北京、その先までチャレンジ精神は衰えない。
「銀から金に色をかえるのに、また20年かかったら61歳か。周りからはペースを早めろって言われてますよ。グワッ、ハッハッ」
おなじみの高笑いが成田空港にも響き渡った。今月30日から教壇に戻る予定だが、9月中旬までに30件以上のテレビ出演依頼が殺到。41歳で表舞台に立った“中年の星”は、ギネス記録とともに光り輝く。
(佐久間賢治)
ギネスブック 英国のビール会社、ギネス(Guinness)社の関連会社「ギネス・ワールド・レコード社」が、さまざまな分野の世界一を認定、記録を掲載している本。飲み屋での酔っ払い同士の自慢話をもとにして、ギネス社が大まじめにそれらを裁定し、公式記録として自社のコースターに掲載したのが始まりともいわれる。1955年の初版以来、国際的な存在となり、現在100カ国、20以上の言語で出版されている。ギネスブックの名称は2002年度からギネス・ワールド・レコーズに改称された。 |
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★体操金6人衆は笑顔で帰国
体操男子団体で28年ぶりに金メダルを獲得したメンバー6人も帰国。3度目の五輪で初めてメダルを手に入れた塚原直也(朝日生命)は「五輪に出た経験があったので、不安なく演技ができた」と笑顔で大会を振り返った。9月10日に都内のホテルで500人規模の祝勝会が行われる予定で、歴代のメダリスト全員に招待状が送られる。76年モントリオール大会の団体で金メダルに輝いた当時のメンバーがそろえば、28年の時を経て歴史的対面を果たすことになる。
〔写真:28年ぶりの王座奪回。男子体操陣6人は誇らしげに金メダルを掲げた=撮影・大井田裕〕
★ソフトボールはちょっぴり苦い銅を下げ
銅メダルを胸に下げ、ソフトボールの日本代表も帰国した。00年シドニー大会の銀よりも成績が落ちただけに、宇津木妙子監督は「今回は3位だったので、ファンや報道陣の方は誰も来ないかと思っていました。これだけ応援していただいて感謝してます」と涙ぐんだ。今後の去就が注目されるが、28日の国体予選では群馬代表チームの監督を務める。「自分の中にはいろいろな反省や課題がある。少しゆっくりして、今後のことを考えたい」と明言を避けた。
〔写真:銅メダルのソフトボール陣もファンに熱く出迎えられた=撮影・今井正人〕
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