【シンクロ】立花、武田組「日本人形」銀の笑顔
シンクロナイズドスイミング・デュエットのフリールーティン(FR)決勝で、01年世界選手権女王の立花美哉(29)、武田美保(27)組=井村シンクロク=が、銀メダルを獲得した。金メダルは、昨年の世界選手権女王アナスタシア・ダビドワ、アナスタシア・エルマコワ組(ロシア)。立花、武田組の銀メダルで、今大会に日本選手団が獲得したメダル総数は34個となった。〔写真:日本人形の舞いを見せた立花と武田。世界を魅了したが、ロシアには届かなかった=撮影・川村寧〕
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ピタリとそろった2人の演技が、観客を酔わせた。立花、武田組は「ジャパニーズドール」をテーマにしたドラマで、指先、つま先にまですべての思いを込めた。
予選を2位で通過し決勝に臨んだ。11番目に演技を終えた時点でトップに立った。金メダルの望みをかけて、最終12番目のロシアの演技と点数を待った。が、芸術点で5人の審判員全員が10点満点を出すなど、完ぺきな演技を見せたロシアに最後に抜かれて惜しくも銀−。
「タケ(武田)の力がないと世界は狙えない」と話す立花と、「金メダルを狙うには美哉(立花)さん以外は無理」と話す武田。97年から組んできた最強ペアが、五輪の舞台で表彰台に立った。
身長1メートル70で脚線美が持ち味の立花。1メートル65だがセンスのある武田。2人の融合で、00年シドニー五輪で銀メダル、01年の世界選手権(福岡)で金メダルを獲得した。世界一になった2人は翌02年に、アテネまで続けるかを話し合って現役続行を決めた。夢は「五輪の舞台でロシアを打倒しての金メダル」だった。
試行錯誤の末に選んだテーマ「ジャパニーズドール」。当初は「歌舞伎」をテーマにしていたが、世界にアピールするためにより分かりやすいプログラムを選んだ。鳥の翼のように腕を広げた飛び込み。曲に時折混じる笑い声。和風の音に乗っての舞い。01年世界水泳を制したときのテーマ「パントマイム」を踏襲したコミカルな動きもみせた。夕闇の屋外プールという異例の舞台で、2人の距離を限界まで詰めながら動きを大きくするという、矛盾をはらんだチャレンジだったが、イケる、という手応えはあった。
84年ロサンゼルス五輪で正式種目となったシンクロ。デュエットが五輪で実施されたすべての大会でメダルを獲ってきた。銅、銅、銅、銀と来て、また銀。日本シンクロ界の悲願である金には、あと一歩で届かなかった。それでも「日本人形」の笑顔は、世界中の人々を確かに魅了した。
| 立花 美哉(たちばな・みや) 1974(昭和49)年12月12日、京都府生まれ。29歳。大阪・四天王寺高出。アトランタ五輪チーム3位。シドニー五輪はチーム、デュエットとも銀メダル。01年世界選手権デュエット優勝。1メートル70、57キロ。 |
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| 武田 美保(たけだ・みほ) 1976(昭和51)年9月13日、京都府生まれ。27歳。立命大出。立花同様チームはアトランタ五輪3位で、シドニー五輪銀メダル。97年から立花とペアを組み、デュエットではシドニーで銀メダルを獲得し、01年世界選手権優勝。1メートル65、55キロ。 |
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| 立花・武田組の世界大会成績 |
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| 98 | パース世界選手権 | 銀 | | 00 | シドニー五輪 | 銀 | | 01 | 福岡世界選手権 | 金 | | 03 | バルセロナ世界選手権 | 銀 | | 04 | アテネ五輪 | 銀 |
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★そのとき★
演技曲「ジャパニーズ・ドール」を担当した作曲家・大沢みずほさんは、スタンドから声援を送った。今年4月の五輪予選後、「歌舞伎」から急きょテーマ変更。歌舞伎とロック調の両方を取り入れ緩急をつけた作品に仕上げた。前日のFR予選では「手拍子もあったしお客さんはノッてくれていた。点数に反映して欲しい」と話し、「音楽のボリュームをもっと上げたほうがいい」とのリクエストも。銀メダル獲得に笑顔で拍手を送っていた。
★次はチーム
26日からはチームがスタート。立花、武田ともにメンバーに入っている。TRは「阿波踊り」をテーマにした軽快なプログラム。FRは「サムライ・イン・アテネ」をテーマに、武士道をイメージした演技をみせる。こちらも、事実上、ロシアとの一騎打ちによる金メダル争いとなりそうだ。
試合方式 デュエットはまずTR予選とFR予選を行い、その合計点数で24チーム中、上位12チームが決勝に進出。決勝ではFR演技をもう1度行う。予選の点数はTRのみ決勝に持ち越し、その点数と決勝FRの点数を同じ比率で合計して競われる。チームはTRとFRを1回ずつ行い、合計点で争う |
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