【飛び込み】寺内健、度胸足りずにメダルに遠い8位

 日本飛び込み史上、初の五輪メダルは遠かった。24日の男子3メートル板飛び込み決勝。準決勝からの持ち点4位でスタートした寺内健(24)=JSS宝塚=は、1本目の踏み切りでふらついて以降、最後までタイミングが狂い続け、690・00点の8位に終わった。



 「不安な気持ちが演技に出てしまった。1本もいい演技がなかった。本当に悔しい」

 飛び込みの本場・中国から88年に指導者として来日、98年に日本国籍を取得した馬淵崇英ヘッドコーチは「度胸が足りない。気持ちの問題」と指摘。同コーチとの夢の実現は4年後の北京に持ち越された。

 生後7カ月から泳ぎ始めた寺内。小学5年のとき「上海に飛び込みの合宿に行かないか」と声を掛けられた。誘いの主は馬淵ヘッド。「ジャンプしたときのバランスが抜群。五輪にいける」と直感した同ヘッドから、自らは選手として五輪に出られなかった悔しい思いを託された。

 96年アトランタで五輪初出場(高飛び込み10位)。続く00年シドニー大会では、高飛び込み5位、板飛び込み8位と日本のエースに成長した。

 馬淵ヘッドは徹底して「美」を追求した。演技を決めても指先やひじが曲がるのを許さなかった。寺内も10点満点にこだわり、01年7月の世界選手権では3メートル板飛び込みで男子初の銅メダルを獲得している。

 翌2年2月、膝蓋靱帯(しつがいじんたい)炎で痛みが限界に達していた左ひざにメスを入れ、新たなスタート。初めて1年以上のブランクを経験した。今季は「痛みがない幸せ」を味わいながら飛んだが、アテネで痛感した精神面での未熟さは、北京へ向け二人三脚で克服していくつもりだ。

★23歳・彭勃が金、中国勢3連覇

 ハイレベルの男子板飛び込みは23歳の彭勃が制した。2大会連続で優勝した熊倪に続き、この種目は中国勢の3連覇となった。2位で決勝を迎えた。「興奮していたが、冷静でもあった」。1回目でトップに立ち、2回目には7人の審判のうち、5人が10点満点をつける完ぺきな演技で後続を引き離した。「競技人生最高の演技ができた」と喜んだ。

★鉄人サウティン、銅で7個目の五輪メダル

 飛び込みの鉄人、サウティン(ロシア)が板飛び込みで3位。バルセロナ五輪の銅を皮切りに、4大会で7個目のメダルを手にし、自己の持つ五輪飛び込み最多獲得メダル記録を更新した。30歳になった。肩の負傷で5カ月練習できなかった。「体のあちこちが悪くなっている」。今後については「多分、これが最後の五輪になる。まず休んで、それから考える」と言った。


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