【水泳】女子もメダル! ナニワの豪腕・中西が銅つかんだ
競泳女子200メートルバタフライ決勝で、昨年の世界選手権(バルセロナ)銅メダリストの中西悠子(23)=枚方SS=が2分8秒04で3位。今大会競泳女子で初めてのメダルを手にした。バタフライでは、男子100メートル銀メダルの山本貴司(26)=近大職=に続くメダル獲得で、日本女子では72年ミュンヘン五輪の青木まゆみ(100メートル金)以来。ナニワの豪腕娘が、32年ぶりの快挙達成だ。〔写真:3位に入った中西は、思わずガッツポーズ=撮影・奈須稔〕
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北島のレースの興奮が残る会場で、中西が快挙をやってのけた。全身で水をとらえて前へ、前へ。世界の強豪に割って入り、世界水泳に続くメダルを首にかけた。
生まれも育ちも大阪のナニワ娘。東京出身でストイックさが売りの北島とは、ノリが違う。お笑い大好き。遠征には爆笑モノのDVDを持参。吉本新喜劇は、欠かさずチェックする。「プールで(島木譲二の)パチパチパンチをやったら面白いかも」。五輪の大舞台でも、このノリでリラックス。だから、実力を十分に発揮できる。
銅メダルを獲った昨年の世界選手権前後に、かわいがってもらった祖父母を相次いで亡くした。4月の日本選手権(五輪代表選考会)の前は、過呼吸、高熱で調子は最悪。試練が続いたが、悲しいことは胸に秘め、辛いことは明るく笑い飛ばしてエネルギーに変え、前に突き進んでいける強さを持っている。
「毎年、自分のレベルが上がっている。去年とはスピードの感じが違う。実感できるぐらい速い」。シドニー五輪は7位。今回は、直前練習で手応えを感じて、メダルを視野に入れての出場だ。前日(17日)の準決勝では全体2位。サンデノ(米国)に先着されたが、「抜かせてあげた」と言える余裕まであった。
身長1メートル64は、世界のバタフライ選手の中では小さい。世界水泳で銅メダルを獲得した時は、「あんな小型選手が取った」と、外国報道陣が珍しがって取材に殺到したほど。小柄でも速い秘密は、筋力と柔軟性−。
筋力トレーニングは欠かさない。筋肉増量で、前シーズンの服はすぐにきつくなる。世界選手権後だけでも、上腕回りは2センチ太くなり29センチになった。体の軟らかさも驚異的だ。以前、20センチの厚底サンダルを履いて、足首をグキッと捻ったが、ねん挫どころか「1時間で痛くなくなった」。これも軟体ゆえ。特に、肩関節の軟らかさはバタフライ向き。筋力を柔軟性で推進力に変えるのだ。
小4の時、「オリンピック選手になる」と文集に書いていた。「自分でも忘れていた」と笑うが、出場の夢はかない、もっと大きな成果を手にした。メダルを手に、胸を張って大阪に帰れる。
| 中西 悠子(なかにし・ゆうこ) 1981(昭和56)年4月24日、大阪・池田市生まれ。23歳。大阪成蹊高−近大、現在は近大職員。枚方SS所属。0歳でベビースイミングで水泳を始める。バタフライは小6から。シドニー五輪200バタ7位。1メートル64、54キロ。 |
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★好物 大阪生まれらしく、タコ焼きは“マイ焼き器”も所持するほど。「さすがに遠征に焼き器は持っていきませんが」
★遠征 お笑いのDVDのほかに、カルピスの原液を、2、3本持っていく。サラダにかけるためのドレッシングも。「しょうゆ、みそとか調味料をみんなで持ち寄っています」
★お笑い 吉本新喜劇以外では、笑い飯、フットボールアワー、アメリカザリガニら“M−1系”のコンビが好き
★陸上 父・昭さん(56)は、元陸上短距離選手で、大阪では名の知られた指導者
★夢枕 昨年6月10日に祖母・喜与子さんが死去。世界選手権に向けた合宿中だった中西には家族が配慮して知らせなかったが、3日後に夢に出てきたため実家に電話をかけたという
★田中もメダルいけるぞ、女子200平2位で決勝へ
田中雅美(SAT北海道)が女子200メートル平泳ぎ準決勝で、2分26秒38の全体2番手。3大会連続出場のベテランが、初のメダル獲得を視界にとらえた。トップの世界記録保持者、ビアード(米国)とは0秒76差。常に金メダル候補と言われ続けてきただけに「決勝に進めば、必ずチャンスがあると思ってきた。メダルを狙いたい」と誓った。
★100背銅の森田、200はぎりぎりの連続で決勝へ
男子100メートル背泳ぎ銅メダリストの森田智己(セントラルスポーツ)が、200メートル背泳ぎに出場。今大会は100にかけていただけに、「体に少しずつ疲れが出てきているような感じ」。予選は全体16位で、16人が進める準決勝へ。「気を抜かないで泳ぎたい」と気合を入れ直した準決勝も全体8位で、8人が進める決勝へ進出した。
★男子100自はファンデンホーヘンバントが連覇
世界最速決定戦、男子100メートル自由形決勝は、ピーター・ファンデンホーヘンバント(オランダ)が連覇を果たした。米国勢が、1896年第1回アテネ大会と不参加だった80年モスクワ大会を除いて初めて不在の100自決勝。スクーマン(南アフリカ)が銀、ソープ(豪州)が銅メダルだった。
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