今春の東都大学野球リーグ開幕戦で始球式を行った河原井正雄氏 ソフトバンク・小久保裕紀監督の青学大時代の恩師、河原井正雄氏(70)が、サンケイスポーツに祝福メッセージを寄稿。大学日本一4度目の名将は、学生時代から何事にも「徹底」を出来る教え子に目を細めた。
マジックが1桁になってから、決まるまで早かったね。おめでとう。でもそれ以上に早いと思ったのは監督就任だ。「あと1年、後でもいいんじゃないか?」と考えていた。JAPANの監督の経験が役に立っているとはいっても、本当にまだ早いと思っていた。
最近の風潮「選手ファースト」とかでコーチが主力級に気を遣っているとか、嫌われたくないと怠慢プレーでも注意する者がいない、なんていうことも耳にしていた。それでは小久保の厳しい姿勢は合わないと思った。小久保が2軍監督の時、2軍に落ちてきた選手がアップをちんたらやっていたのを注意したら、記事になったことにも驚いた。当たり前のことを言っているだけなのに、そうなるのかと。私が(青学大)監督だったときは練習にも試合にも厳しかったが、小久保も厳しい。いや私以上かも-。
実は(星林)高校から大学に入って1年は投手だった。140キロぐらい投げたが(体が)硬かったので「無理」といったら「プロに行きたい」と言ってきた。母を楽にさせたいというのが理由で野手に転向。「それなら毎日1000本振れ」と言ったら本当にやり続けた。普通は3、4日でやらなくなるのに、食事会や激励会があっても帰ってきてから振っていた。「監督、どれくらい時間がかかるかわかります? 3時間かかります」と。体と精神的な強さを感じるばかりだった。
不器用でセンスはあまりなく、努力と妥協しない強い気持ちでやってきたことが大学生で五輪の日本代表になり、プロでの成績になったと思う。大学時代を知るトレーナーは、小久保が100やっていたものを今の選手がこなそうとしたら壊れる、やっているように見える選手でも70もできていないと言っていた。
監督として、チームの方針を徹底していたと思う。1軍で一塁をオーバーラン後、フェアゾーンに入ってタッチアウトになったら、翌日には4軍まで徹底される。髪の毛がプレーに影響すると思えば主力にもカットを求める。徹底する性格は采配を見ていても、1死からでも犠打のサインを出すところなどに見える。
(青学大の)同期や後輩、先輩が、コーチだけでなくスタッフに多いといわれているが、仲間を集めたのではなく「小久保を本当に知っている」から徹底できる。それが強みになっているのだろう。
■河原井 正雄(かわらい・まさお) 1954(昭和29)年7月26日生まれ、70歳。群馬・桐生市出身。桐生高から青学大へ進み、内野手としてベストナイン2度。本田技研を経て、青学大コーチとなり、87年に監督就任。93年春に小久保裕紀らを擁して全日本大学選手権で初の日本一。東都リーグ優勝12度、大学日本一も4度導き、大学日本代表監督も務めた。2018年秋季リーグ後に退任し、桐生高のコーチに就任した。