リハビリを乗り越え、ついにライブBP登板までたどり着いた阪神・伊藤稜。サクセスストーリーを描く=鳴尾浜球場 待ち焦がれた実戦マウンドまで、あと少しだ。2022年に育成ドラフト1位で入団した伊藤稜投手(24)が、22日にライブBP(実戦形式の打撃練習)に登板した。大学時代の21年10月以来2年8カ月ぶりに打者相手への投球を果たし、復帰への道を一歩一歩、着実に歩んでいる。
「家族とか友人とか、いろんな人に投球を見てもらうのが楽しみ。投げている自分の姿を想像しながら頑張っている」
長く、つらいリハビリ生活だった。中京大中京高では3年夏に甲子園に出場。中京大へ進学し、最速150キロ左腕としてプロからの注目を集めた。しかし3年秋に左肩を故障。阪神に育成で入団したが、ルーキーイヤーに同じ箇所を再び痛めた。まともに投球をすることができず、公式戦での登板がないまま、1年目のオフに左肩にメスを入れた。
術後、患部の痛みと戦いながら、リハビリに励んだ1年半。ようやく打者相手に登板できる段階にきた。「もう一度、自分を見つめなおす時間になった。いろんな方に支えていただいて、本当に感謝の日々です」と苦悩の期間を振り返る。
リハビリ組の寮生は治療やトレーニングを除いて、外出できない決まりがある。プライベートの時間を寮内で過ごす中で、楽しみはNBAを見ることだった。
「ベタですけど、ステフィン・カリー(36・ウォリアーズ)が好き。身長が小さいといわれ、期待されていなかったんですけど、結果で黙らせた」
歴代最高のシューターとうたわれる、NBAのスーパースターも初めからスターだったわけではない。伊藤稜も育成入団。ここまで結果を残せていない立場にいるが、「自分もこんなふうに」と自らを奮い立たせた。
ブルペン登板、ライブBPをこなし、シート打撃での登板も近く実現する予定だ。プロ入り後の2年間は決して無駄ではなかったことを、復帰したマウンドで証明する。(萩原翔)
■伊藤 稜(いとう・りょう) 1999(平成11)年11月8日生まれ、24歳。愛知県出身。豊明小1年から軟式チームで野球を始め、栄中時代は硬式の東海ボーイズでプレー。中京大中京高では控え投手で、3年夏に甲子園出場も1回戦で敗れる。変則気味のスリークオーターで中京大では最速150キロ左腕として注目を集めた。22年育成D1位で阪神に入団。プロ2年間で実戦登板はなし。178センチ、86キロ。左投げ左打ち。年俸300万円。背番号「125」