敵地神宮球場に駆けつけた虎党。懸命の応援を続けたが… (セ・クライマックスシリーズ・ファイナルステージ第3戦、ヤクルト6-3阪神、ヤクルト4勝、14日、神宮)「炎のファイター」が流れていた。アントニオ猪木さんの告別式。そして出棺。日本中が手を合わせたことだろう。
猪木さんとのお別れの日に、阪神もシーズンを終えてしまうとは…。しかも、ひどい終戦だ。これが「俺たちの野球」だったのか。猪木さん、あまり関係ないけど、怒ってないかなぁ。
格闘技取材には全く縁のない記者生活だったが、一度だけ猪木さんを取材したことがある。芸能担当だった1987年。大女優で夫人の倍賞美津子さんとの離婚騒動の真っただ中。取材に出向き、遠くから写真を撮っていたら、私を発見した猪木さんは、なぜか手招き。逃げようとしたら若手レスラーにつかまり、猪木さんの前へ連れていかれた。
「俺は逃げ隠れするのは嫌いだ。何もしゃべらないけれど、写真ぐらい撮らせてやる」
そう言って、なぜか、ロダンの「考える人」のポーズを取った。当然、翌日のサンスポは写真デカデカ、見出しは「猪木、離婚を考える人!」だった。
言葉を発さなくてもヒーローはヒーローだった。スーパースターの対応に心底感謝した。
後日談もある。数日後のプロレス雑誌に、猪木さんのそばで写真を撮る私の姿が掲載されていた。見出しは「猪木に群がるおじゃま虫」。でも、その猪木さんとの〝ツーショット(?!)〟は私の家宝となった。
取材する者をワクワクさせてくれるホンモノのスターに出会えたらいいな、と思い続けてこの仕事を続けてきた気がする。誇りある〝おじゃま虫魂〟も持ち続けてきたつもりだ。