日本ハム・新庄剛志監督はジャケットの「ヴェルサーチ」のタグを指差す。生前、野村さんが着用していたものだと明かした=神宮球場(撮影・尾崎修二) 昨年2月に84歳で死去した野村克也さんをしのぶ会が11日、東京都新宿区の神宮球場で開かれ、故人の阪神時代の教え子だった日本ハム・新庄剛志監督(49)が参列。ビッグボストーク(1)は以下の通り。
--野村監督の形見のヴェルサーチの服で参列した
「(阪神時代に)『おい、新庄、どこの洋服がええんや』と聞かれたので、『そりゃ、ヴェルサーチですよ』と僕が紹介したんです。これ、ホントに。それから、よく買い物に(一緒に)行ってたんですよ。赤坂のヴェルサーチの店。『何がいいよ?』って野村さんが言って、『これはやっぱダメっスね』みたいな感じで。もうめちゃめちゃ買う方だから。ネクタイも相当買っていました。その割には、あまりしてなかったていうね」
――シミもついていたが
「野村さんと食事をしていたときも、結構、子供みたいにこぼすんですよ(笑い)。でも今日、野村さんは『この服はワシしか似合わないぞ』と多分言っています」
――しのぶ会で、野村さんに何を伝えたか
「野村さんから教えてもらったタイガース時代のノムラの考えというものを、ものすごく今、インプットしているので」
-―野村監督の教えで取り入れたいことは
「ファンあってのプロ野球ということ。野村さんはメディアを使ってコントロールする考えを持っていた方なんですけど、なるほどなと。今、僕が監督として発言していることは、選手にも伝えたい、という気持ちもありますし、ものすごく今、納得しています」
-―阪神時代のエピソードを
「2年間しかタイガースで一緒にユニホームを着ていないですけど、僕を2年目、4番に起用してくれたこと。野村さんに『おまえ、何番を打たせたら気合を入れてくれるんだ?』と。『そりゃ、4番ですよね』と言ったんです。そしたら次の日から4番で、ずっとシーズンが終わるまで。あの4番がなければ、メジャーにもスカウトされていないし。本当に感謝ですね」
-―野村さんはどのような存在だったか
「ほとんど野球の指導は受けていなくて。『人間的に成長しなさい』というものを、僕も野村さんに若造ながら教えたつもりですし、野村さんからも教わったという思い出はすごくあります」