田中将は打線に助けられ、5月1日以来の白星をつかんだ(撮影・尾崎修二) 苦しみののちに、ただただラッキーボーイ--。楽天・田中将大投手(32)が23日、西武10回戦(メットライフ)に先発。楽天の初優勝で胴上げ投手となった2013年9月26日以来となる同球場での登板で6回8安打4失点ながら、日本球界復帰後最多の111球を投げ、5月1日以来となる3勝目を挙げた。これで日米通算180勝も達成。チームの連敗も7で止めた。東京五輪日本代表に選出されてからの初登板で、侍エースが白星という名の“良薬”を手にした。
手放しでは喜べなかった。それでも、チームも自身も久しぶりに手にした勝利に、田中将の顔には安堵(あんど)の色が浮かんだ。
田中将(中央)は試合を締めた松井(右から2人目)の頭をたたく手荒い祝福で迎えた(撮影・尾崎修二)「チームの勝利はめちゃくちゃうれしいが、自分の投球内容は…。(一回の先制で)せっかくチームが『さあ、今日こそは』という流れをつくってくれたのに、その流れをそいでしまったというか、自分のピッチングが邪魔をした。ふがいない気持ちでいっぱい」
2点の援護をもらった直後の一回。1死から源田をストレートの四球で歩かせ、続く栗山の打席。カウント1-1からセットポジションに入って投球動作に移ろうとした瞬間に、一塁手・鈴木大の「動いた!」との声が聞こえた。慌ててプレートを外して牽制(けんせい)球を投げようとしたことでボーク。ルーキーイヤーの07年以来、実に14年ぶり自身プロ2度目の珍事。二進を許すと、栗山に中前に運ばれた。その後も失点を重ねた。
それでも、必死に粘った。四回までわずか1球しか投じていなかったカットボールを五回以降は多投。象徴的だったのは六回1死一塁の場面。四回に適時打を許した柘植に対して、3球連続でカットボールを投じ、二ゴロ併殺打に仕留めた。
五回終了時には球数が103球に達し、石井監督も続投か交代か迷ったが、田中将は「まだマウンドに立てます」と返答。日本復帰後最多となる111球で六回を投げ切ると、直後の七回に味方打線が逆転に成功。右腕が「助けてもらっての勝ちだけど、気持ち的には救われる」と感謝すれば、指揮官も「今日はただただラッキーボーイ」と評する強運だった。
東京五輪日本代表に選出されてからの初登板で侍エースとしての真価は発揮できなかったが、矜持(きょうじ)は示せた。当初に先発予定だった19日のオリックス戦が雨天中止となり、中10日で今季初めて土曜日以外、さらにナイターでの登板だった。今後のローテーションは“サタデー・マー君“から“水曜日の男”へ移行。その先には、福島での復興五輪となる日本代表の7月28日の開幕戦、水曜日の先発マウンドが待つ。
北京五輪では弱冠19歳だった若者が、円熟味を増した32歳で迎えるひのき舞台。悲願の金メダルへ。「期待されて、送り出されていない選手なんていない。ファンの皆さまの期待もそうだし、チームの期待もそう。そこに応えていくのがプロ野球選手。もっと自分がチームを引っ張るような投球がしたい」。日本代表でも背番号18を背負う男は力強く言い切った。(東山貴実)